自分の「好き」をちゃんとわかっている。それは特別なことである。
いつからだろう。自己紹介で、本当のことを言うのが怖くなったのは。
たぶん、大学時代の新歓期からだ。歌うことが好きだったので、迷わずにバンドサークルを選んだけれど、そこでは決まって「どんな音楽が好きなの?」と聞かれていた。当時のわたしはゴリッゴリのヲタクだったので、「アニソンとかボカロです!!!」と意気揚々と答えていたが、どうもアンサーとしては最適ではなかったらしい。
レッチリとか、オアシスとか、GOGOとか、東京事変とか、当たり前だけどバンドサークルなのでバンドのほうが話が盛り上がったんだと思うし、そんな答えを期待されていたんだと思う。そりゃそう。別にアニメサークルじゃないからね。
そこを、「田村ゆかりさんが大好きです!!ひぐらしで古手梨花ちゃん役をやられていた!!あのかわいらしい声に対して2ステップを踏みながらも安定感抜群の歌唱とのギャップがたまらなくて!!(早口)」と好きな声優アーティストで押し切った私は、今考えると大変ハートが強すぎる。目の前にいる先輩は、「そうなんだァ…」とどう話を広げようか迷っているように見えた。
わたしは衝撃を受けた。
これまでヲタ友しかいなかったため、考えたこともなかったのだ。ヲタク以外の人と喋るお作法というものを。
「そうか、人と共通の話題で盛り上がるためにはもっといろんなことを知っておかないといけないのか…」と反省し、それ以降はいろんなバンドを聴きあさった。それによって、もちろん好きなバンドにはたくさん出会えたけれど、わたしはここで、明らかに忖度することを覚えてしまった気がする。
たとえば、うっかりプロフィールに「漫画が好き」と書いた結果、「オススメの漫画教えて!」とキラキラな瞳で聞かれたとき。いいいい言いたい!!カルト系とかループものとかBLとかホラーとかちょっと人には勧めづらいけど、めちゃくちゃ面白いんですって言いたいよぉ!!!!!
…という気持ちをスンッと沈め、相手の趣味嗜好を見極めながら「最近だと◯◯ですね」と当たり障りのない人気タイトルを言ってしまう。いや面白いんですよ。面白いんですけど、本当に好きなのは違うんです。とは言え、そんな漫画をシェアしたところで、話も広がらないし、こちらに付き合わせるのも申し訳なくなりそうなので黙っている。
いつからか、コンテンツを「履修」するようになった。コンテンツに限らず、ライフスタイルも。カラオケでちゃんと流行りに乗れるように、普段からトップヒットのプレイリストをなんとなく流しておくとか、今期のアニメは攫っておくとか、Netflixのランキング順にドラマを観るとか、人気のブランドのコスメを揃えてみるとか、トレンドの服を着てみるとか。ていねいな暮らしをしてみるとか。
その結果、自分が何を好きなんだかわからなくなってしまった。
トレンドのドラマ、本当に面白いか?なんでこの音楽聴いてるんだっけ。なんで倍速にして修行のようにこの番組観てるんだろう。なんでこの着心地が悪い服を着ないといけないんだっけ。このブランドは、何がいいんだっけ。ていねいな暮らしに憧れてお香買ったけど、ぶっちゃけめんどくさいな。
それがリセットされたのが、コロナ禍だったと思う。
世間と触れる機会が少なくなって、トレンドもクソもなくなった世界では、自分の「好き」のなかだけで生きることを許されたような気がした。ええい、みんなが知っていようがなかろうがどうでも良い。自分が好きだと思うもの、心地よいと感じるものだけ触れよう!!!と。
夜な夜なホラー小説を読み、サスペンス漫画を漁り、好きなアイドルのライブ動画を観て、田村ゆかりさんのラジオを聴いて、ひっそり応援しているファミリーYouTuberの配信を観る。
TikTokでガンガンBefore/After動画が流れてくるコスメ全盛期に毎日すっぴんで過ごし、なんの変哲もない靴下とパンツ、ラクちんワンピースばかり着てキムチ納豆を食べ、最近ハマっているポップコーン作りに勤しむ。夜は2時から3時に寝て、朝はゆっくり11時に起きる。
狂ったように同じ動画ばかり観ているわたしを見て、パートナーは「本当にそれ、好きだよねぇ」と言う。そうか、好きなものがあるって素晴らしいことなんだ。
たぶんきっと、好きって、誰かに理解されるもんじゃない。全然流行りには乗れていないし、ていねいな暮らしはしていないけれど、胸を張って言えるようになった。
これが、わたしの好きなこと。
いいなと思ったら応援しよう!
サポートは牛乳ぷりん貯金しましゅ