小説:国際フェリペ大学の元教授がニュースを穿って見てみたよ♡ 編み物のニュース。
「毛糸」が品薄・・・なぜ?若い世代に「編み物」
ブーム到来 推し活+編み物でコスパ◎のオリジナルグッズも!
嘘言え!そんなヤツみたことないぞ。街にいるやつはブランド物のマフラーや手袋してるヤツばっかりだし、近所の手芸用品は例のごとく閑古鳥が鳴いてるぞ。嘘をつくなよ。
タイパだ、タイパだって言って時間の効率化を計ろうとしているヤツらの声がデカくなった時代に編み物なんていう時間と労力を固め合わせたような趣味流行るわけないだろ。もし流行っているんだとしたらダブルスタンダードもいいところだろ。許せんよ。無理にブームを作るな!
そもそもブームっての基準はなんなの?昼も夜も、地方も都会も、老いも若いも関係なく、偏りなくある程度の平等を担保して、認知認識されるのがブームじゃないの?
この編み物ブームはブームが起こってるというのを誰も認知してないよね?流行っているんだとしてもそれはとても局地的だよね?
じゃあ例えば洋食屋があったとして、ここのマスターが「うちのお客さんは99%、オムライスを頼むんです」となったら、全国でオムライスブームになるの?この洋食屋でしか流行ってない、いわば局地的なブームを見て、オムライスが全国的にブームになっていると誇大解釈するのと、やっていることは変わらないと思う。
ブームという単語はもっと格調の高い言葉で、それほど触れ合いやすく、使い勝手のいい単語ではないと私は思う。
編み物をしてる人は作った物を自分で使うのかね?マフラーとかだったら冬のシーズンに一個あれば十分だけど、冬のシーズン中に10個とか作っちゃたりしたらどうするんだろ?日替わり?
というかマフラーってどのくらいで作れるの?そんなポンポン作れないのかな?一年に一個とかそんくらい?もし、もしだよ、一年に一個とかだったら、買った方がよくない?これは無粋ですか?
作った物を自分で使う分にはいいですよ。ちょっとだけやめてほしいなぁーと思うのは他の人にプレゼントするパターンね。私は過去に一度だけあるんだけどあれはなぁ…。もちろん嬉しいんですよ、嬉しいんだけど、使わなきゃなんないなぁというプレッシャーがすごいよね。
私が小学生の頃、近所の同級生の女の子が手芸教室に通ったらしく、その成果で手袋をくれた。これだけ聞くとモテ男みたいだね、ウフフ。
でもその手袋がちょっとうーんだった。もらった瞬間わかったよ、そのうーん加減。小学生ながら顔引き攣りながら「ありがとう…」って言ってたよ。ナイス気遣い。
まず、びっくりするほど小さい。いくら毛糸がちょっと伸びるとはいえ、はめてみたら血止まるかと思ったよ。リサーチ不足だったんだね、私の手のサイズの。確かに何にも聞いてきてないもんね。
それに手袋がもうすんごいガタガタだった。なんか段々ばたけみたいになってたし、すんごいチクチク。髪の毛で作ったのかと錯覚したね。痛い。かゆい。技術も拙いから虫食いみたいにところどころ穴が空いてたよ。すきま風。良く言うとダメージ加工。家にねずみ買ってる?って聞きかけた。
このプレゼントのよくないところは気持ちはありがたいというところ。そうすると使わなきゃいけないとか、腐しちゃいけないとかいう気分になってなんか重くなる。総スカンを覚悟して言う。
編み物はいらないです。例え上手くできたとしてもいらない。上手いと逆に使わなきゃなんない感が増してやんなる。本当にごめん、あの時の同級生。私はなんて器量の小さい人間なんだろう。
私の器量の小ささは手作りの編み物をもらった時の喜びと同じくらい小さい。
最後に編み物好きの人、どうか怒んないで。許して。
今日のニュースのまとめ。
スマホ用手袋、反応しないやつ多くない?
