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製造業向け|なぜ新人は質問しなくなるのか|前にも教えたよねが現場に残す怖さ

製造業向け|なぜ新人は質問しなくなるのか|“前にも教えたよね”が現場に残す怖さ

「それ、この前も教えたよね」

現場で、つい出てしまう言葉です。

教える側にも事情があります。
朝から段取りに追われている。
後ろの工程からは「これ、いつ上がりますか」と聞かれる。
納期も近い。
自分の作業も止まっている。

そんな時に、若い子が前にも説明したようなことを聞きに来る。

「またか」
「昨日も言っただろ」
「少しは自分で考えてくれ」

そう思う気持ちは分かります。

ただ、この一言は思っている以上に現場へ残ります。

言った側は、軽く注意しただけかもしれません。
でも言われた側は、作業の中身よりも先に別のことを覚えます。

聞くと面倒がられる。
確認すると怒られる。
分からないと言うのは恥ずかしい。

そこから、質問は少しずつ減っていきます。

一見すると、自分で考えるようになったように見えるかもしれません。
前より呼びに来ない。
手を止めずに進めている。
黙って作業している。

けれど、それは成長ではなく、聞けなくなっただけの場合があります。

質問が減ったからといって、理解したとは限らない

現場では、質問が多い人ほど目立ちます。

「また確認か」
「そこまで聞くのか」
「自分で考えろ」

そう見られやすい。

反対に、あまり聞いてこない人は手がかからないように見えます。
黙々と作業している。
呼びに来ない。
周りの手を止めない。

でも、何も言わない人が、すべて分かっているとは限りません。

私も現場で何度も見てきました。

聞いてこないから大丈夫だと思っていた。
ところが後で確認すると、まったく違う判断をしていた。

「なんでこうしたの?」

そう聞くと、本人は小さな声でこう言う。

「前と同じだと思いました」
「聞きに行ったら怒られると思いました」
「忙しそうだったので、声をかけにくかったです」

この時、問題は作業ミスだけではありません。

その人の中で、確認する入口が閉じています。

加工する前なら止められた。
組む前なら直せた。
塗る前ならまだ戻れた。
梱包前なら、せめて手直しで済んだ。

けれど、分からないまま進んだ仕事は、表に出るまで分かりません。

最後に見つかると、もう小さな確認では済まない。
手直しになり、後ろの工程が詰まり、誰かが残って帳尻を合わせる。

そして最後には、またこう言われます。

「なんで早く聞かなかったの?」

でも、その職場は本当に、早く聞ける空気だったのでしょうか。

“前にも教えた”は、教えた側の記憶でしかない

教えた側は覚えています。

前に説明した。
横について見せた。
注意点も伝えた。
本人も「分かりました」と言った。

だから、同じような質問が来ると腹が立つ。

でも、教えた側の記憶と、教わった側の理解は同じではありません。

工場の仕事は、毎回まったく同じ条件で出てくるわけではないからです。

前回は材料が違った。
今回は寸法が少し変わっている。
前は先輩が横にいた。
今日は一人で見なければならない。
この前は急ぎではなかった。
今回は納期が詰まっていて、止める判断にも迷う。

教える側からすると「同じ作業」です。

でも、覚え始めた人からすると、条件が一つ変わるだけで別物に見えることがあります。

そこを説明する前に、

「前にも教えたよね」

と言われる。

すると、本人は自分が何で迷ったのかを言えなくなります。

本当は、作業を忘れたわけではないかもしれません。
前回との違いに気づいたから止まったのかもしれない。
分かっていないのではなく、勝手に判断してよい範囲が分からなかったのかもしれない。

でも、その手前で言葉を止められると、質問は消えます。

聞いたら怒られる。聞かなければ責められる

若手が一番困るのは、この挟まれ方です。

聞きに行くと、
「それくらい考えろ」と言われる。

自分で進めると、
「勝手に判断するな」と言われる。

確認すると、
「前にも教えた」と返される。

確認しなければ、
「なぜ聞かなかった」と責められる。

これでは動けません。

しかも、人によって言うことが違う場合もあります。

Aさんは「そこまでなら進めていい」と言う。
Bさんは「念のため止めろ」と言う。
Cさんは「俺ならこうする」と言う。

入ったばかりの人からすれば、どれが正解なのか分かりません。

それでも現場は進みます。
納期は待ってくれない。
後ろの工程も空いていない。
材料も次の案件も流れてくる。

だから本人は、何とか自分なりに進めようとする。

そして失敗すると、

「ちゃんと確認しろ」

と言われる。

この繰り返しで、質問は教育ではなく、怒られないための行動になります。
さらに悪くなると、質問そのものを避けるようになります。

聞けない人は、黙るだけではない

聞きにくい空気になると、全員が黙って勝手に進めるわけではありません。

逆に、必要以上に確認しすぎる人もいます。

先輩に聞くのが怖い。
また「前にも教えた」と言われたくない。
間違えて怒られるのも嫌だ。
だから、自分の中で何度も確かめる。

図面を何回も見る。
同じ寸法を何度も測る。
部品を合わせては外す。
作業に入る前に手が止まる。
少し進めて、また戻って確認する。

周りから見ると、遅く見えます。

「まだやってるのか」
「そこまで見なくていい」
「もっと早く進めろ」

そう言いたくなる。

でも本人は、サボっているわけではありません。
失敗したくないから、必要以上に慎重になっているだけです。

ここでも問題は同じです。

聞くことが怖くなると、判断が遅くなる。
判断が遅くなると、作業も遅れる。
作業が遅れると、また注意される。

そして、さらに聞きにくくなる。

これはかなり悪い循環です。

現場では、目の前の忙しさに引っ張られることがあります。
今この質問に答える時間が惜しい。
自分の手を止めたくない。
早く作業に戻りたい。

だから、つい感情が表に出る。

でも、その場の数分を惜しんだ結果、相手が黙ったり、過剰に確認するようになれば、後ろで大きな損失になります。

聞けずに進めてミスになる。
聞く前に何度も確認して作業が遅れる。
優しい人にだけ質問が集中する。
判断が個人の不安に左右される。

その場では、質問対応を早く終わらせたように見えるかもしれません。
けれど現場全体で見れば、損失が別の形で出ているだけです。

教育する側も、経営者も、ここを見誤ってはいけません。

大事なのは、目の前の忙しさを早く片付けることなのか。
それとも、若手が安心して判断できる状態を作ることなのか。

一回の言い方で、後の作業時間が変わることがあります。
一人の不安が、工程全体の遅れになることもあります。

教育は、きれいごとではありません。
現場の時間と品質に直結する仕事です。

教育を止めるのは、怒鳴り声だけではない

教育が止まるのは、大きな叱責だけではありません。

ため息。
面倒そうな顔。
「また?」という反応。
周りに聞こえる声での注意。
説明する前に遮られる空気。

こういう小さなものでも、人は聞きにくくなります。

特に新人は、仕事だけでなく人の顔色も見ています。

この人には聞いていいのか。
今、声をかけても大丈夫か。
こんなことを聞いたら評価が下がるのではないか。
前に聞いた話と少し違うけれど、そこまで説明していいのか。

まだ仕事の全体像が見えていないので、余計に慎重になります。

そこで「前にも教えたよね」と返されると、次から一歩引きます。

質問が減る。
相談が遅れる。
分からないまま進める。
違和感があっても黙る。
または、必要以上に確認して手が遅くなる。

これが怖いのです。

質問が多い人は、まだ迷いを外に出しています。
黙ってしまった人は、迷いを抱えたまま製品を進めることがあります。
慎重になりすぎた人は、現場の流れから少しずつ遅れていきます。

工場で本当に危ないのは、分からないことではありません。

分からないまま、誰にも出てこないこと。
聞けない不安が、作業の遅れやミスに変わること。

そこです。

質問は、優しい人にだけ集まっていく

聞きにくい職場では、質問が完全になくなるわけではありません。

聞きやすい人にだけ集まります。

怒らない人。
忙しくても手を止めてくれる人。
説明を最後まで聞いてくれる人。
「どこで迷った?」と聞いてくれる人。

新人は、そういう人を見つけます。

すると何が起きるか。

その人だけが何度も呼ばれる。
その人の作業だけが止まる。
その人が休むと若手が止まる。
その人がいない日は、判断が現場に出てこない。

つまり、質問しやすい人がいることで一時的には助かります。
でも、職場としては偏りが生まれます。

本来なら、誰に聞いても大きくズレない状態にしなければならない。
ところが実際には、聞ける人と聞けない人に分かれていく。

その結果、教育は仕組みではなく、人柄に寄ってしまいます。

これは長く続きません。

面倒見のいい人ほど疲れていく。
教えない人は自分の作業だけ進む。
質問を受ける人だけ、見えない仕事を背負う。

現場ではよくある話です。

教える側も余裕があるわけではない

もちろん、教える側だけを責める話ではありません。

先輩やリーダーにも余裕がない。

自分の仕事がある。
納期もある。
急ぎの割り込みもある。
後工程からも呼ばれる。
手直しも飛んでくる。

その中で何度も質問されれば、言葉が強くなることもあります。

「前にも教えたよね」と言いたくなる場面は、確かにあります。

問題は、それを個人の優しさだけで処理していることです。

教える時間がない。
質問を受ける役割も決まっていない。
人によって判断が違う。
教えた内容も次に残らない。

この状態で「丁寧に教えろ」と言っても、教える側も苦しくなります。

だから、本当に見るべきなのは、誰が悪いかではありません。

新人が聞けなくなる言葉を、現場がどれだけ放置しているか。
聞けないことで起きる遅れやミスを、損失として見ているか。
教育する側の一時的な感情が、後工程にどれだけ影響しているか。

そこです。

「質問しなくなった」を安心材料にしてはいけない

質問が減った。
呼ばれなくなった。
黙って作業している。

それだけで安心するのは危険です。

本当に分かっているのか。
聞きにくくなっただけなのか。
前回の記憶で進めていないか。
迷った時に止まる場所を知っているか。
必要以上に確認しすぎて、作業が遅くなっていないか。

ここを見ないと、問題は後ろで大きくなります。

「前にも教えたよね」

この言葉を絶対に使ってはいけない、という話ではありません。

何度も同じことを繰り返すなら確認は必要です。
メモも取らず、姿勢に問題があるなら指導もしなければなりません。

ただ、その一言で終わらせると、教育もそこで止まります。

「どこで迷った?」
「前回と何が違うと思った?」
「どこまでは分かっていた?」
「次は何を見れば判断できそう?」

ここまで進めれば、質問は次に残ります。

でも、そこで切ってしまえば、ただ黙らせるだけです。

現場で怖いのは、質問が多い新人ではありません。
本当に怖いのは、分からない人が分からないまま黙って進めることです。

そしてもう一つ怖いのは、聞くことを恐れて、必要以上に確認し続けることです。

黙って進めればミスになる。
確認しすぎれば時間が失われる。
どちらも現場にとっては損失です。

教育する側や経営者が見るべきなのは、目の前の質問が面倒かどうかだけではありません。

その一言で、相手が次に聞けるのか。
それとも、聞けなくなるのか。
不安を抱えたまま進むのか。
必要以上に手が止まるのか。

そこまで含めて、現場の教育です。

質問しなくなった時、成長したと見るのか。
それとも、何かを言えなくなったサインと見るのか。

ここを間違えると、現場は静かなまま崩れていきます。


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