神様のことを知るために。 〜サムエル記(ウリヤの妻バト・シェバ)〜
サウル王が亡くなった後、イスラエル統一王国の王となったのが「ダビデ」です。
ある日の夕暮れに、ダビデは午睡から起きて、王宮の屋上を散歩していた。彼は屋上から、一人の女が水を浴びているのを目に留めた。女は大層美しかった。ダビデは人をやって女のことを尋ねさせた。それはエリアムの娘バト・シェバで、ヘト人ウリヤの妻だということであった。ダビデは使いの物をやって彼女を召し入れ、彼女が彼のもとに来ると、床を共にした。彼女は汚れから身を清めたところであった。女は家に帰ったが、子を宿したので、ダビデに使いを送り、「子を宿しました」と知らせた。
もしも「王」という権力を持つあなたが、ある日の夕暮れ時、目の覚めるような美しい異性を見つけたなら…皆様は、どうなさるでしょうか。
聖書には、「姦淫してはならない」と書かれています。「姦淫」とは、簡単に言うと「不倫」することと言えます。
姦淫してはならない
「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである。」
天の国では、たとえ心の中だけであっても、「情欲」を抱いて異性を見る者はだれでも、既にその人は「姦淫」の罪を犯した、とみなされるのです。
私自身、この「罪」を完全に無くすことができているのかと言うと、「否」だと思います。
しかし、この「罪」を犯す者は、地獄に投げ込まれてしまう…
とても厳しいと感じられるかも知れませんが、もしも「天国」に「姦淫」の罪を犯す人がいたら…そこは「天国」ではなくなってしまいます。
そのため、「姦淫」の罪を犯す人は決して「天国」に入ることは許されないのです。そう考えると、すんなりと理解できるのではないでしょうか。
「人間」の力だけでは、この罪を無くすことは難しくとも、「神様」の力に頼ることで全ての「罪」を無くしていくことができる、と「RAPTさん」は教えてくださっています。
ところが「ダビデ王」は、王の権力を用いて美しい「バト・シェバ」を王宮へ召し入れ、床を共にするという「罪」を犯してしまいました。
ここに、人間の心の「弱さ」が示されています。「弱い」からこそ、「神様」に願い求めることが必要だとも言えます。
「ダビデ王」と床を共にした「バト・シェバ」は、ダビデ王の子を宿しました。
古代でも現代でも、「不倫」の後の「妊娠」は、当事者の人生に大きな「闇」を引き起こすこととなります。
「バト・シェバ」の夫である「ウリヤ」は、心も行いも「汚れの無い」正しい人でした。
しかしながら「ダビデ王」は、「ウリヤ」を激しい戦いの最前線に出し、彼を残して退却し戦死させよ、と家臣に命じたため、その通りになりました。
ウリヤの妻はウリヤが死んだと聞くと、夫のために嘆いた。喪が明けると、ダビデは人をやって彼女を王宮に引き取り、妻にした。彼女は男の子を産んだ。ダビデのしたことは主の御心に適わなかった。
ウリヤが死んだ後、「ダビデ王」は「バト・シェバ」を王宮に引き取り、妻にしました。「ダビデ王」のしたことは、神様の御心に適いませんでした。
預言者ナタンによって「罪」を問われた「ダビデ王」は、「わたしは主に罪を犯した。」と、自身の「罪」を認めました。
神様は「ダビデ王」に「死の罰」は免じてくださるが、主を甚だしく軽んじたため、「ダビデ王」に産まれてくる子は必ず死ぬ、とナタンは預言しました。
ナタンはダビデに言った。「その主があなたの罪を取り除かれる。あなたは死の罰を免れる。しかし、このようなことをして主を甚だしく軽んじたのだから、生まれてくるあなたの子は必ず死ぬ。」ナタンは自分の家に帰って行った。
主はウリヤの妻が産んだダビデの子を打たれ、その子は弱っていった。ダビデはその子のために神に願い求め、断食した。彼は引きこもり、地面に横たわって夜を過ごした、王家の長老たちはその傍らに立って、王を地面から起き上がらせようとしたが、ダビデはそれを望まず、彼らと食事をとろうともしなかった。
七日目にその子は死んだ。
ダビデ王の「罪」によって産まれた子は、ナタンの預言通り、産まれてから七日で死んでしまいました。
「罪」を犯した者は、たとえ「王」であろうと神様に認められた者であろうとも、必ず「裁き」を受けるのだ、ということが分かります。
神様は、たとえ「ダビデ王」であろうとも「裁き」を行われる、公正、公義の方でいらっしゃるのです。
人類はアダムとエバの「堕落」によって、「罪」の中に産まれることとなりました。
ですから、「罪」のない人はいない、と聖書にも書かれています。
「罪」を悔い改め、「罪」を無くすことができるよう「神様」に祈り求めることで、私たちは「罪」を無くしていくことができるのだと、「RAPTさん」は教えてくださっています。
罪を悔い改めなければ、聖霊の導きを受けられず、努力したことも全てが無駄になり、死んだ後も天国には入れない。
罪を犯した方が幸せになるというサタンの洗脳から出てきなさい。罪を犯したら不幸になり、罪を悔い改め、罪をなくす努力をし、罪を償って生きてこそ、真に幸福に生きられるのだと悟りなさい。
罪は愛することを阻害する。だから罪を犯す者は、聖書で最も重要な掟である「主を愛し、隣人を愛しなさい」という掟を守ることができず、主から祝福されることもなく、主から使われることもない。
神様がおっしゃる「罪」とは何であるのか、を知らなければ「罪」を無くしていくことはできません。「罪」についてもどこまでも分かり易く教えてくださっているのが、「RAPTさん」です。
どうか全人類が「真理」を悟り、「真理」と「神様の御言葉」を伝えてくださっている「RAPTさん」のことを、心から信じて受け入れることができますように、「神様」の人類への深い「愛」を悟ることができますように、そして「神様の御言葉」に心から聞き従い、「神様」のことを心から愛することができますように、神様からの「祝福と恵み」を豊かに受けることができますように、心からお祈りしています。
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