日本への裁きを止める。まずは太陽神「アマテラス」を「神」と崇める思想からの完全脱却。
今回は、ローマの建国者「ロームルス」から考えていきたいと思います。
なぜ「ロームルス」という人物に目が留まったのか、それは旧約聖書の中で「ベ二ヤミン族による暴行事件」から、シロの祭りで女たちを誘拐して妻にするに至った経緯が書かれており、このことから現代の「キルギスの誘拐婚」について調べようと思ったことに起因しています。
そして「誘拐婚」の歴史が、古代ローマで起こったとされる「サビニの女たちの略奪」にあるとされており、ローマの建国者「ロームルス」が「オオカミ」の乳を飲んで生き延びた、との伝承があるのです。

レア・シルウィアは初期の伝承ではイーリアと呼ばれていた。これはイーリオスの娘を意味し、初期の伝承ではロームルスの母はアイネイアースの娘とされていた。
レア・シルウィアの懐妊は初めは隠されたが、ウェスタの巫女の儀式を長く休んでいる事からアムーリウスに疑われ、ついには発覚してしまう。その後出産までの間レア・シルウィアは監視の中に置かれた。
レア・シルウィアは双子を出産するがこの赤子は間もなくアムーリウスによってティベリス川に流された。レア・シルウィア自身はアムーリウスの娘アントーの父への嘆願によって助命され、投獄された。
川に流された双子は雌オオカミの乳を飲み生き延び、ファウストゥルスに拾われロームルスとレムスと名付けられた。
ローマの建国者「ロームルス」の母とは「イーリオス」の娘であり、「トロイア」の末裔との伝承があるようです。
「トロイア」とはトルコの古代都市で、「トロイの木馬」で知られています。
では、トロイア人とは誰なのでしょうか。
ルウィ語は、トロイア人が話していた言語の有力な候補の一つと推定されている[16]。
1995年にトロイVIIでルウィ語の双凸印章が発見されて以来、「ホメロスのトロイ」で話されていた言語に関する激しい論争が展開されてきた。
トロイア人の話していた言語として有力なのが、ルウィ語だということです。
ルウィ語とはSOV型言語であり、日本語やモンゴル語、トルコ語、バスク語、シュメール語、ヒッタイト語と同じ語順の言語なのです。
このヒッタイト王国がローマ帝国に繋がっているとの考えがあるようです。
トロイアとはトルコにあり、ヒッタイト王国と隣接していました。
ローマの建国者「ロームルス」が、トロイア人の末裔でありヒッタイト人であった可能性が考えられるのです。
ここで、ヒッタイト→トロイア→ローマ、という繋がりが見えてきました。
ローマの建国者「ロームルス」には、「オオカミ」の乳を飲んで生き延びた、との伝承がありました。
このことから思い起こされるのが、「蒼きオオカミ」と「白き鹿」の子、モンゴル族の祖といわれる「バタチカン」です。
天の神の命を受けて生まれた青い狼がいた。その妻は美しい鹿であった。彼らはオノン川の源、ブルカン山に住み着いて、バタチカンを産んだ。このバタチカンがモンゴル族の始祖となった。
ローマには「バチカン」があり、「バタチカン=モンゴル」とローマの繋がりが感じられます。
そして、ヒッタイトという国家を作ったのが「秦氏」であることが、「RAPT理論」によって解明されています。
日常的に生贄儀式を行っていたインカ文明の遺跡が、ドルイド教の神官「秦氏」の技術によって作られたとしか思えない理由。
RAPT×読者対談〈第50弾〉ユダヤ陰謀論、ここに極まれり。
以前の記事で日本の京都にある「秦氏」の本拠地であった「太秦」が、「裏ローマ」なのではないか、と考えました。
ヒッタイト(秦氏)→トロイア→ローマ→モンゴルという流れを考えると、「秦氏」と「ローマ」との関係もより明確になってくるのではないでしょうか。
日本の平安京の造営に深く関わっていたのが「秦氏」ですが、平安時代の日本語の「ワ行」の発音は「wa wi wu we wo」であったことが分かっています。
「わ、ゐ、う、ゑ、を」の發音は、それぞれwa、wi、wu(=u)、we、woであった。平安時代中期には区別されていたようだ。
そこで、ヒッタイト語の文書に「ウィルサ(Wilusa)という地名」が出てきており、これが「トロイア」の別名「イーリオス(ウィーリオス)」のことだと考えられていることから、古代ヒッタイト語が「イ」を「wi」と発音していたことが分かるのです。
ヒッタイト語の文書には、ウィルサ(Wilusa)という地名が出てきます。これがトロイアのことを指しているという説があります。最近では、この説を支持する学者が多いようです。トロイアの別名イーリオスは、ミュケーナイ時代の(つまりトロイア戦争の時代の)ギリシア語ではウィーリオスであったと推定されていて、これをウィルサと結び付けたものです。
「イ」を「wi」と発音していたことは、日本の平安時代頃までの発音と同じであり、ここでも「秦氏」とヒッタイトとの繋がりが感じられます。
ローマの建国者「ロームルス」には、籠に入れて川へ流されたという伝説があります。
神殿に軟禁されたシルウィアであったが、その美しさを気に入った軍神マールスに見初められる(ヘルクレースとする伝承もある[要出典])。神であれば巫女でも身を捧げても良いと考えたシルウィアは契りを結び、双子の子供ロームルスとレムスを授かる。
アムーリウスはシルウィアの言い分を認めず、王位を継ぎうる双子の子を殺すように兵士に命じる。だが兵士は幼い双子を哀れんで、彼らを籠に入れて密かに川へと流すのだった[2]。
この「ロームルス」の伝説から、竹で編んだ籠船に乗って龍宮へ行ったとされる、日本の「彦火明命」が思い起こされます。
別名を彦火火出見命とも云われた彦火明命が、竹で編んだ籠船に乗って、海神の宮(これを龍宮とか、常世とも呼びます)に行かれたとの故事により、社名を籠宮と云うと伝えられています。
彦火明命とは徐福であると言われており、徐福とは「秦氏」だと考えられています。
そのため「ロームルス」と「彦火明」の伝承が、「秦氏」の伝承として起源を一つとする可能性も考えられます。
ローマが「ロームルス」によって建国されたばかりの頃には、女性が少なかったとの理由により、サビニ人のおとめを誘拐しローマ人の妻としていたとの伝承があります。
ローマがロームルスによって建国されたばかりのころ、最初の世代は女性が少なかった。子孫を残し国を維持するためには多数の未婚女性が必要だった。ローマ人はそれを近隣国に多く住み勇敢な部族であったサビーニー人に求めたが、交渉は不首尾に終わった。そこでローマ人はサビーニー人に奸計を仕掛け、大量の未婚女性を略奪した。不法にローマに拉致されたサビーニー人女性たちはローマ人の妻になることを強要され、ローマ人の子を産むこととなった。こうしてサビーニー人女性を誘拐婚することにより、ローマは国を維持発展させるための次世代を得ることに成功した。
では、サビニ人とは誰でしょうか。
サビニ人とは、ウンブリア人という民族に由来しているようです。
サビニ人は古代ウンブリア人に直接由来し、サムニウム人やサベリ人と同じ民族グループに属していました。
ウンブリア人(ウンブリ人)の祖先とは、「ガリア人」だということです。
となると、サビニ人とは「ケルト人」だったということになります。
ガリア人 ローマはケルト人を「ガリア人」といい、その居住する地域を広くガリアととらえ、アルプス山脈をはさんで、その手前をガリア=キサアルピナ(アルプスの手前のガリアの意味)と向こう側をガリア=トランサルピナ(アルプスの向こう側のガリアの意味)と呼んだ。
古代ローマ人は、「サビニ人=ケルト人」の女性を略奪し、妻としていた可能性が高いのです。
そのため多数のローマ人が、「ケルト」の血を引いていた、という可能性も考えられます。
先に見た、ヒッタイト(秦氏)→トロイア→ローマという流れから、「秦氏」と「ローマ」と「ケルト」の繋がりが、さらに明確になってきました。
「ケルト」と言えば「ドルイド教」で、ドルイド教の神官の末裔が「秦氏」であることも「RAPT理論」によって解明されています。
世界を密かに支配するドルイド教の歴史。ドルイド教とゾロアスター教と古代エジプトと古代ギリシアと古代中国と永世中立国スイスとロスチャイルドと秦氏の奇妙なつながり。
これらのことによって、「ローマ」と「ケルト」と「秦氏」とが繋がっていることが、はっきりと分かりました。
このように今この時代とは、何か分からないこと、疑問に思うことがあったとしても、この時代の神様からの使命者であり、中心者である「RAPTさん」が解明された「RAPT理論」と神様の「御言葉」によって、全てのことに「答え」を得ることができるという「奇跡」の時代であるのです!!
本当に、神様とRAPTさんに心から感謝をささげます。
そして今回の、ローマの建国者「ロームルス」が「オオカミ」の乳を飲んで生き延びたとの伝説から、「ローマ」と「モンゴル」とが起源を一つとしている可能性が考えられます。

モンゴルの国章には、トロイの木馬をも連想させる「馬」と「車輪」が描かれています。
ケルトにおいての車輪は太陽のシンボルであり、その太陽に随伴している月も同様のものという考えから、アリアンロッドは常に車輪を回し、その車輪で戦死者を月へと運んでいたと考えられていた。
「ケルト」において車輪とは、「太陽」のシンボルだということです。
太陽を神として崇拝し「馬」を犠牲に供えていたのが、スキタイの一種と考えられるマッサゲタイです。
スキタイと「ケルト」は、共に太陽を崇めていたことが分かります。
「太陽十字」も、「ケルト」で太陽のシンボルとされる「車輪」から派生したと解釈されているということです。
青銅器時代の宗教における単純な等辺の十字が太陽の象徴であるとする解釈は、19世紀の学者の間で広まっていた。円に十字は、太陽の円を太陽神の戦車(チャリオット)の車輪とする解釈から派生した太陽のシンボルとして解釈された[1]。
この「太陽十字」を家紋とする日本の「島津家」とは「秦氏」の末裔であり、古代ケルトの「ドルイド教」の僧侶の末裔でもあることが「RAPT理論」によって解明されています。
日本の歴代首相も天皇もみんな古代ケルトの悪魔教「ドルイド教」の僧侶の末裔です。
ローマが「ケルト」と繋がっており、秦氏の末裔である「島津家」が、ケルト十字(太陽十字)の家紋を持っていることによって、これら全てが繋がっていることが分かります。
そして「モンゴル」という国の国章に、「ケルト」で太陽のシンボルとされている「車輪」と、太陽にささげる「馬」が描かれていることから、「モンゴル」とは太陽信仰の国であると考えられます。
太陽信仰が「悪魔崇拝」であとることも、「RAPT理論」によって解明されています。
古代エジプトの太陽信仰=悪魔崇拝が、現在の日本の天皇家へと流れ着き、天皇家を最大級の財閥にするまで
この日本という国も、「太陽神」アマテラスに「馬」を捧げてきた国なのです。
神馬(しんめ)
日本神道では、太陽神であるアマテラス大御神(おおみかみ)が、皇室の祖神、また国家の最高神として崇められている。アマテラス信仰の中心は伊勢神宮である。伊勢神宮の入り口近くを見てみると、太陽神アマテラスに捧げられた馬がいる。これは単なる馬ではなく「神馬(しんめ)」と呼ばれ、古来、太陽神アマテラスに対して献納してきた馬である。
日本という国は、「悪魔崇拝」の国だったのです。
旧約聖書に、三十一年間エルサレムで王位にあった「ヨシヤ王」の事績が書かれています。
彼は主の目にかなう正しいことを行い、父祖ダビデの道をそのまま歩み、右にも左にもそれなかった。
彼はユダの王たちが太陽にささげて、主の神殿の入り口、前庭の宦官ネタン・メレクの部屋の傍らに置いた馬を除き去り、太陽の戦車を火で焼いた。
彼のように全くモーセの律法に従って、心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして主に立ち帰った王は、彼の前にはなかった。彼の後にも、彼のような王が立つことはなかった。
何と、古代イスラエルのユダの王たちも「馬」を太陽にささげていたため、ヨシヤ王は主の神殿の入り口に置かれた「馬」を除き去り、太陽の戦車を火で焼いた、ということです。
太陽を神と崇め、太陽に「馬」をささげるという行いは、実質的には「悪魔崇拝」であり、神様の目にかなわない「悪」とされることなのです。
悪魔である「太陽神アマテラス」を国家の最高神として崇めている日本という国に、果たして「真の幸福」がもたらされるでしょうか。
これまで主は、日本人に対して救いの手を差し伸べてきたが、多くの日本人がその救いの手を足蹴にしてきた。だから主は、日本人に対して厳しい裁きを下すと宣布された。
2023年から神様が下される裁きは、人が神様に裁かれていると気付いて認め、悔い改めるまで続く。
この終わりの時、自分の力がいかに無力で、神の力に頼らずには生きてはいけないということを深く悟るまで、主の裁きは続くだろう。
神様の「御言葉」に従わない人類は今、裁かれています。
しかしながら、わたしたち人類には「祈り」という「力」が神様から与えられています。
何をどう祈ればいいのか、具体的な方法をお教えします。自分の人生も世界の運命も変える鍵がここにあります。
何を祈るか、何を信じるか、神様はわたしたち人類に「自由意志」を与えてくださっています。
神様に全人生を捧げて生きる人がいるなら、神様はこの世に対する裁きを止めてでも、その人に豊かな祝福を与えてくださる方だ。
悪がこの世を支配するなら、この世は地獄になり、義がこの世を支配するなら、この世は天国になる。だから義が栄え、義がこの世を治められるように祈りなさい。
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