藤原氏とは蘇我氏だったのか。嘘の歴史が破壊され、真理と愛に満たされた世界が必ず到来しますように。
今回は、「蘇我氏」から考えていきたいと思います。
前回の記事で、「ヤジロウ」とは「千利休」とセットとなることで、「千利休」の出自が判明するよう創作された人物だったのではないか、と考えました。
そのため、「蘇我氏」も誰かの出自を暗示するための「情報」が与えられているのではないか、と感じたのです。
それでは、蘇我三代(馬子・蝦夷・入鹿)について見ていきます。
蘇我馬子
「馬」とは、中国のイスラム教徒である回族に多い姓で、イスラム教の開祖ムハンマド(マホメット)の子孫であることを示しているとの説があります。
馬三保、すなわち後の鄭和は、馬哈只の子として 雲南でムスリム(イスラム教徒)として生まれた。姓の馬は 預言者ムハンマドの子孫であることを示し、父の名はイスラム教の聖地マッカ(メッカ)への巡礼者に与えられる 尊称ハッジに由来する。
そのため「馬子」とは、イスラム教の創始者ムハンマド(マホメット)の子孫であることを暗示している可能性が考えられます。
蘇我蝦夷
「蝦夷(えみし)」とは、蝦夷(えびす)とも読むことができます。

七福神である「えびす神」は、赤鯛を持っています。
「赤鯛」とは、日本書紀に「赤女(あかめ)」と書かれています。
「赤女」とは、「あかい女」→「アカイメ」と読むことができますので、赤鯛とは、アケメネス朝ペルシャの隠語なのではないかと考えました。
アケメネス朝の名称は、この家祖であるアケメネスに由来する。
海外の文献では、古代ペルシア語の発音に従ったハカーマニシュ朝か、古典ギリシャ語の発音に従ったアカイメネス朝のどちらかを用いている。
えびす神は、赤鯛(アケメネス朝ペルシャ)を捕ってご満悦です。
アケメネス朝ペルシャを捕ったのは、誰でしょうか。
マケドニア王国のアレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)です。
そのため「蝦夷」とは、「アレキサンダー大王」の系譜であることを暗示しているのではないか、と考えました。
蘇我入鹿
「入鹿(いるか)」とは、海の生物「イルカ」を表していると想定します。
「イルカの絵」で強く印象に残っているのが、ギリシャ共和国・クレタ島のクノッソス宮殿のフレスコ画です。

Knossos - Wikipedia
これは蘇我氏が、クレタ島を根拠地としていた一族に出自があることを暗示しているのではないか、と考えました。
ハムの子孫「エジプト」から「カフトル人」が生まれ、「カフトル人」から「ペリシテ人」が出た、と旧約聖書に書かれています。
ハムの子孫は、クシュ、エジプト、プト、カナンであった。
エジプトにはリディア人、アナミム人、レハビム人、ナフトヒム人、上エジプト人、カスルヒム人、カフトル人が生まれた。このカフトル人からペリシテ人が出た。
この「カフトル人」のいた「カフトル島」が、「クレタ島」であると考えられているのです。
蘇我入鹿の「イルカ」が、クノッソス宮殿のイルカの壁画が由来であるとすると、蘇我氏とは「ペリシテ人」に出自がある可能性が考えられます。
以前の記事でも蘇我氏と「ペリシテ人」の関係について考察していました。
蘇我三代の暗号
ここまでで蘇我馬子、蝦夷、入鹿という蘇我三代に付された「暗号」から導き出される人物とは、イスラム教の開祖ムハンマド(マホメット)の子孫であり、マケドニア王国のアレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)の系譜であるとともに、聖書に登場する「ペリシテ人」にも繋がる一族なのではないか、という内容でした。
前回の記事で、「千利休」や「聖徳太子」がムハンマド(マホメット)とアレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)の系譜に繋がる可能性を考察しました。
前回の記事と、今回の蘇我氏の「暗号」が示す内容とが重なっていることから、これらの歴史を創作したのは同じ一族の所業なのではないか、と思われます。
蘇我氏とは誰か
飛鳥時代から現在まで一族の秘密を保持しながらも、暗号として歴史の中に一族の出自を組み込んでいくことのできる家系とは、「藤原氏」なのではないでしょうか。
藤原不比等は、日本書紀の編纂にも関わったと言われています。
となると、「蘇我氏」とは「藤原氏」のことだったのでしょうか。
藤原氏の祖とは、中臣鎌足だと言われています。
藤原 鎌足 / 中臣 鎌足(ふじわら の かまたり / なかとみ の かまたり)は、飛鳥時代の貴族・政治家。中臣御食子の子。母は大伴智仙娘。日本の歴史における最大氏族「藤原氏」の始祖。
しかし「中臣」とは役職名であり、蘇我氏も「中臣」を名乗っていたとの情報が見つかりました。
藤原物部系統と蘇我大伴系統は、簡単に言うと歴代天皇の『右臣』と『左臣』の家系である。宮下文書では天皇家を『天ツ神』、両臣を『国ツ神』と定義している。即ち、国つ神とは本来、蘇我氏や藤原氏の事である。どちらも中枢或いは、中心的な『臣』であることから『中臣』とも呼ばれる。世間一般的には、中臣といえば藤原氏のみを指す名称であり、誤解を招くこと必至なわけだ。当ブログでは、蘇我大伴系統も藤原物部系統も、極力『中臣』姓は使わない。例えまだ藤原姓がない時代でも、『藤原物部系統』と表記する。
前述の通り、藤原氏系統も蘇我氏系統も『中臣』を名乗っていた。中臣はモノノベ(武部)と同様、時代とともに意味合いを変えた役職名だ。蘇我氏と藤原氏の覇権争いの結果、どちらかが『中臣』ブランドの使用権を独占し始めたのかもしれない。
そのため、「中臣鎌足」の氏族名が何だったのかは明らかではない、ということになります。
つまり、藤原氏の「中臣鎌足」以前の系譜は定かではないのです。
そのため藤原氏の系譜の秘密を、蘇我三代の名前の中に「暗号」として書き記したのではないでしょうか。
BC6000年頃、彼らは、アナトリアから自然銅を求めて世界に散った人々と考えます。
それは鉱山の近くを流れる川でなければ採れない。自然銅だけでなく孔雀石からも加熱すれば銅が採れることも知ったでしょう。やがて鉱山から採掘することに思い至り、他の鉱石も発見し錫と銅の合成により青銅を発明したことが大きな発展に繋がります。
2000年という、ゆるやかな時を経ての到達です。この担い手が、やがてサカ・スキタイという主要騎馬遊牧民につながっていき、蘇我氏へと流れていくのです。
伝播ルートも東シナ海や朝鮮半島経由でなく日本海経由の道が想定されます。
彼らの勢力圏は、黒海北岸から草原の道のほとんど(あるいは全て)とカスピ海南岸、アフガニスタンからインドに広がっていたと考えられます。
ギリシャ人は彼らをスキタイと呼び、ペルシア人は、サカと呼びました。
そもそもペルシア人は、スキタイ人のうちカスピ海以南に半定住したパサルガーデ族のアケメネス氏族から生まれた国でした。アッシリアの記録では、サカ・スキタイは「アスカ人」とも書かれていました。
上記によると、騎馬遊牧民のサカ・スキタイが「蘇我氏」に繋がり、サカ・スキタイは「アスカ人」とも呼ばれていたようです。
スキタイ人のうち、パサルガーデ族のアケメネス氏族からペルシアが生まれたということです。
パサルガーデとは、キュロス2世によって建設されたパサルガダエという都市のことだと思われます。
パサルガダエ(古代ギリシア語: Πασαργάδαι パサルガダイ、ペルシア語: پاسارگاد パーサールガード)は、アケメネス朝のキュロス2世によって建設された、当時のペルシャ帝国の首都で、キュロス2世の墓が存在する。今日では、ユネスコの世界遺産に登録されている。
パサルガダエには、アケメネス朝の初代王のキュロス2世の墓があるのですが、一つ気になるエピソードを見つけました。
パサルガダエ考古遺跡で最も重要な部分は、キュロス2世のものと伝えられている墳墓である。6段の階段が墳墓へとつながり、墓室は、高さ2.11メートル、幅2.11メートル、奥行き3.17メートルの大きさであり、低くて狭い入り口を持つ。キュロス2世の墳墓という確証はまったく無いわけだが、ギリシャの歴史学者がアレクサンドロス大王がキュロスの墓であると信じていたということを今日に教えてくれている。アレクサンドロスは、ペルセポリスを破壊したときに、キュロス2世の墓を訪問したとされる。2世紀の歴史家であるアッリアノスは、「アレクサンドロスは、彼の部下の戦士であるアリストブレスに墳墓の中に入るように命令した」と記録した。墓の中には、金色のベッド、杯とテーブル、金色の棺桶、高価な宝石がちりばめられた装飾品と墓碑を見つけ出した。現在では、それらの痕跡は無い。

キュロス2世の生没年は、紀元前550年から紀元前529年とされており、アレクサンドロス3世の生没年は、紀元前356年から紀元前323年であるため、両者の生きた時代には約200年の開きがあります。
それにも関わらずアレクサンドロス3世が、アケメネス朝ペルシアの首都であるペルセポリスを破壊した際に、このキュロス2世の墓を訪れたというのです。
そしてアレクサンドロスは、彼の部下に墓に入るよう命じ、墓の中の豪華な副葬品と墓碑を見つけ出したということです。
敵の墓の副葬品に対しては通常、戦利品として奪い去った、などの表現になるかと思うのですが、アレクサンドロスがキュロス2世の墓を「訪問」したと書かれているのです。
これはあたかも、アレクサンドロスが「墓参り」をしたという風にも受け取れる表現なのではないでしょうか。
そしてもう一つ、気になる表現がありました。
カシート王朝から月氏王国、クシャン朝からサカ族~蘇我王朝につながる人々は交易においても重要な役割を担いました。
蘇我氏のルーツサカ族は、アケメネス朝ペルシアがパルティア帝国によって滅ぼされた後、ペルシアの一部を引き継ぎ、イラン高原東部からバクトリア、ソクディアナおよび西北インドにかけてサカスタン王国を建てました。
カシート王朝とは、古代バビロニアのカッシート王朝のことで、バビロン第3王朝とも呼ばれており、蘇我氏の系譜をそこまで遡ることのできる、詳しい史料が存在しているのだと思われます。
気になった点は、上記の中でアケメネス朝ペルシアが、パルティア帝国によって滅ぼされたと書かれている点です。
通常アケメネス朝ペルシアは、マケドニア王国のアレクサンドロス大王の遠征軍によって滅ぼされた、とされています。
アレクサンドロス大王とは、パルティア帝国の人物だったのでしょうか。
マケドニア王国の興亡時期は紀元前808年から前168年まで、パルティア帝国は、紀元前247年から紀元後224年までとされていますので、国の存続期間は重なっています。

上記の地図から、アレクサンドロス帝国の版図の中に、パルティアも併存していたことが分かります。
パルティアとは、中国では「安息国」と呼ばれていました。
安息国
ソ連トルクメニア南西部、コペトダーグ山脈北麓一帯を根拠としてパルティア王国を開いた。パルノイ族族長アルサク(前248頃没)の名を、中国で張騫(ちょうけん)(前114没)以来、「安息」と音写し、その王国名とした。
中国仏教史では安世高(あんせいこう)・安玄(あんげん)・安法欽(あんほうきん)・安法賢(あんほうけん)のように安姓をもつ訳経僧が後漢(25-220)から西晋(280-316)まで来住して初期の中国仏典翻訳に大きな貢献をした。一般に安姓は安息すなわちアルサク朝(パルティア)出身とみて当時そこに仏教が既存したと解されているが、仏寺跡・典籍の発見はない。
上記で注目すべき点は、『一般に安姓は安息すなわちアルサク朝(パルティア)出身とみて当時そこに仏教が既存したと解されている』という点です。
日本初の仏教寺院とされている「飛鳥寺」は、蘇我馬子によって発願され建立されました。
この奈良県明日香村にある飛鳥寺の公称は、「安居院(あんごいん)」と言うのです。
飛鳥寺には複数の呼称がある。法号は「法興寺」または「元興寺」(がんごうじ)であり、平城遷都とともに今の奈良市に移った寺は「元興寺」と称する。一方、蘇我馬子が建立した法興寺中金堂跡に今も残る小寺院の公称は「安居院」(あんごいん)である。
蘇我馬子によって発願され建立された寺の名前が、「安居院」であるということが意味することとは、蘇我氏が「安姓」であり「パルティア」出身である、ということなのではないでしょうか。
ここで、「蘇我氏」と「パルティア」と「アレクサンドロス3世」が繋がりました。
しかしながら、蘇我氏が誰かという答えにはまだ辿り着けません。
浦島太郎とは誰か
蘇我三代から「浦島太郎」が導き出される、という説があります。
蘇我 馬子(そが の うまこ[注釈 1]、欽明天皇12年?〈551年〉[2] - 推古天皇34年5月20日〈626年6月19日〉)は、飛鳥時代の政治家、貴族。邸宅に島を浮かべた池があったことから嶋大臣とも呼ばれた。
蘇我馬子は邸宅の池に島があったことから、「浦島太郎」の「島」がプロフィールに組み込まれています。
蘇我蝦夷の通称は「豊浦大臣」だということで、「浦島太郎」の「浦」が表されています。
入鹿は、『藤氏家伝』に「宗我太郎」、『上宮聖徳法王帝説』に「林太郎」、『日本書紀』に「君大郎」と見えることから、長男であったと考えられる[3]。
蘇我入鹿は、「宗我太郎」や「林太郎」と史料にあることから、「浦島太郎」の「太郎」が表されているのです。
このように、蘇我三代に埋め込まれたキーワードを合わせると、「浦島太郎」となります。
それでは、浦島太郎とは誰でしょうか。
亀に乗って現れる人物として思い起こされるのが、「安曇磯良(あずみのいそら)」です。
安曇磯良は、筑前国では志賀大明神。常陸国では鹿島大明神。大和国では春日大明神とも称され、 志賀島(シカノシマ)を鹿島と考える伝承がある。
袋中上人の『琉球神道記』には「鹿島の明神は。もとはタケミカヅチの神なり。人面蛇身なり。 常州鹿島の海底に居す。一睡十日する故に顔面に牡蠣を生ずること、磯のごとし。故に磯良と名付く。 神功皇后、三韓を征し給うときに、九尾六瞬の亀にのりて、九州にきたる。 勅によりて、梶取となる。また筑前の鹿の島の明神。和州の春日明神。この鹿島。おなじく磯良の変化なり」とある。
② 「阿曇磯良」を音読みすると「アントンイソラ」。高良大社(福岡県久留米市)の祭神、高良玉垂命が磯良神だという説がある(参考)
鹿島大明神や春日大明神の名から、「安曇磯良」とは「藤原氏系」の神であることが分かります。
亀に乗って現れた人物としてもう一人挙げられるのが、「倭宿禰命(やまとのすくねのみこと)」です。

[ 元伊勢籠神社 ]
倭宿禰命(倭宿祢命)(やまとのすくねのみこと)は、天孫 彦火明(ほあかりのみこと)第四代
天照大御神の孫の彦火明命は、天孫として丹後に天降ったとされる
倭宿禰命は、その彦火明命を丹波国造の祖とし籠神社の宮司家を直系で世襲してきた海部宮司家(あまべぐうじけ)の四代目とされる
神武天皇が明石海峡にたどり着いたとき、亀に乗って現れて、神武天皇を案内したといわれる
籠神社に、倭宿禰命が亀に乗った像が立っている
倭宿禰命とは、籠神社の祭神の彦火明命(徐福)の第四代である、と考えられます。
これらのことから「浦島太郎」に暗示されている人物とは、「藤原氏」と「徐福」なのではないでしょうか。
この辺りで、「蘇我氏」についての「答え」を導き出すことができそうです。
蘇我氏の正体
「蘇我氏」については、古代バニロニアの時代まで遡って系譜が知られているにも関わらず、「藤原氏」は「中臣鎌足」以前の系譜が不明でした。
しかしながら、古代から現代に至るまで権力を持ち続けている家系とは、「藤原氏」なのです。
そのため、今回見てきた情報から私が個人的に得た結論は、「藤原氏とは蘇我氏である」ということなのです。
蘇我三代に暗示されている、蘇我氏の系譜として想定されたのが、イスラム教の創始者ムハンマド(マホメット)・アレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)・聖書に登場するペリシテ人・徐福でした。
この中で、アレクサンドロス3世(アレキサンダー大王)という人物が、過度に英雄視され過ぎていることや、エピソードに不可解な点があることから、創作された人物なのではないかと思いました。
世界は嘘に満ち溢れている
そこで世界の歴史もやはり、改ざんされている可能性があると感じ、調べてみると、次のような記事を見つけました。
アレキサンダー大王の誕生から1712年の存在しない年数を歴史に追加
発行:2021年7月30日
教育現場に存在する歴史書はすべて西暦19世紀にドイツ・ノルディック(北欧)研究所で書かれたもので、西暦1900年以降の歴史には、オリジナルの文書、原稿、書籍は1つもない。
アレキサンダー大王の誕生日である西暦1356年7月21日(665年前)から始まる年表に、1712年の存在しない年数を追加している。
ドイツ・ノルディック研究所は、約300年前にユダヤ人が資金を提供して設立され、その目的はただ一つ、今日学校で学ぶ歴史やその他のあらゆる科目をすべて改ざんすることだった。
2012年、役目を終えた研究所は閉鎖され、インターネット上の存在記録はすべて消去されたため、誰もその痕跡を見つけることができない。
閉鎖されたとき、それは今日の世界の公式教育へと姿を変えた。
このドイツ・ノルディック研究所のことは、マケドニアの歴史作家ペタル・ポポフスキー博士のことを知ったからである。彼は、世界史の綿密な研究の中で、ドイツ・ノルディック研究所が奨励して書いた偽の歴史の多くの矛盾を発見し、彼の著書で大々的に取り上げた。
この1712年の存在しない年は、3つのフェーズで歴史に追加された。
自然派ハニワのブログ
上記によりますと、ユダヤ人の資金によって『ドイツ・ノルディック研究所』が設立され、世界の歴史やあらゆる科目が改ざんされた、というのです。
アレキサンダー大王の本当の誕生日は西暦1356年7月21日であり、「ウィキペディア」に記載されている彼の生没年、紀元前356年7月20日 から前323年6月10日は、「嘘」であるということです。
現に「ウィキペディア」では、「RAPTさん」を誹謗中傷する、根拠のない荒唐無稽なデマばかりが書き連ねられ、RAPTさんの名誉権を侵害し、社会的地位が貶められています。
そして「RAPT理論+α」によって、その「ウィキペディア」に「誹謗中傷・デマ・嘘」を書き続けている犯人たちの情報が、詳細に発信されています。
ウェブサイト『異端・カルト110番』及び『ウィキペディア』におけるRAPT氏への誹謗中傷は全てデマです(誹謗中傷しているのは“監禁ビジネス”で暴利を貪る“日本基督教団”と“日本共産党”です)
この世界には「嘘」ばかりが蔓延している、ということも既に「RAPT理論」によって解明されています。
RAPT×読者対談〈第56弾〉原発も原爆も存在しない。(前編)
RAPT×読者対談〈第57弾〉原発も原爆も存在しない。(後編)
RAPT×読者対談〈第69弾〉科学の嘘はすべて原発に通ずる。
RAPT×読者対談〈第70弾〉ノーベル賞創設の目的はアインシュタインの嘘を隠蔽するため。
RAPT×読者対談〈第114弾〉癌という病気は存在しない。(前編)
RAPT×読者対談〈第115弾〉癌という病気は存在しない。(後編)
【じげもんの常識をブッ壊せ!!】Vol.9 – 宇宙は存在しない!! 太陽は雲と同じ高度に浮かんだ小さな球体
【動画あり】飛行機のパイロットは全員、地球が“平面”であることを知っている!! 誰もが口を揃えて「地球は平らだ」と証言
「人間は猿から進化した」「宇宙人が人間を創った」という嘘にまみれた世の中で「神様が人間を創った」とはっきりと証明したRAPTブログの快挙(RAPTブログ読者・トパーズさんの証)
嘘は人間の脳を害し、人間の機能を停止させる毒だ。だから私たちが真実の情報を発信し、上級国民の垂れ流す嘘を嘘だと人々に知らせなければならない。
このように、日本だけではなく世界の歴史や科学など、あらゆる分野の情報が捏造されていることが分かりました。
それでは、私たちは何を学べば良いのでしょうか。
人類が学ぶべきものとは
今この時代を生きる私たちには、「RAPTさん」によって「完全なる真理」が与えられました。
本当に神様とRAPTさんに、心から感謝をささげます。
RAPTさんが命懸けで伝えてきてくださっている「真理の御言葉」は、この世のあらゆる分野が網羅されていますので、情報量も膨大となっています。
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なお、聖書の基本的な読み方(解釈の仕方)については、“2015年8月”から“2016年1月”までの「有料記事」に掲載されています。
初めて有料記事を購読される方は、先ずはこちらから購読していただくと、聖書のおおよその内容を理解できると同時に、有料記事の内容すべてが理解しやすくなるかと思います。
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どうか宗教に対して、なかなか一歩を踏み出せないでいる方も、今までの「嘘」だらけの世の中の「常識」を一旦全て「リセット」して、「RAPTさん」の伝えてくださる「真実」の情報を頭に「インプット」していくことで、真に幸福な毎日を過ごすことができますように、心からお祈りしています。
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