「究極VS至高」を解説【新しいことをする際の考え方2選】
MyGOが視聴者にとって既知の要素を高めた究極のバンドリであるのに対し、Aveは未知の要素を中心としつつ根源にイデアを備えた至高のバンドリです。
概要
新しいことをする際に使える二つの指標、それが「究極」と「至高」です。
語源は美味しんぼ……ではなく、デュエル・マスターズ(以下「デュエマ」)です。
正確には、美味しんぼに登場する「究極VS至高」にデュエマが独自の意味を与えて使っているものです。
究極
「究極」は、既存の要素を研ぎ澄ますアプローチ。
すでに存在する物事を徹底的に高めることで、高い完成度を目指す姿勢です。
「究極」の例
究極のバルガ龍幻郷
デュエマに当時既に存在していた「"バルガ"によってドラゴンを沢山出すデッキ」をテーマに据えた構築済みデッキ。王道Wにおけるヴリドガルド陣営
デュエマのジャシン帝の肉体がリーダーで、ゲーム上昔から存在する種族「デーモン・コマンド」を配下に持つ。外見や戦法も昔からある要素を強く意識している。BanG dream! It's MyGO!!!!!
バンドリの物語において既知の要素である「ギスギスや人間関係の機微」を、改めて中心的なテーマとして描いた。
特徴
連続性
既存の文化とのつながりを重視する比較対象の存在
他との比較における「上位種」の位置を目指す専門性が深い
洗練や熟成といった方向性に向かう
メリット
安定性が高い
既存の延長なので、既存層からも一定程度受け入れられやすい
既存の延長でありがなら、培ってきた魅力を新規層に伝えやすい
デメリット
斬新さは低いため、過去を深く理解している層ほど「焼き直し」と受け取られて評価が下がる場合がある
過去を知っていてかつ思い入れのない層からも「焼き直し」と思われ、あるはずの魅力を理解されないリスクもある
土台への依存性が大きいため、土台の価値が下がるとその影響を大きく受ける
「究極」を選ぶべき場合とは?
既存の成熟したジャンルや技術を活かしたい場合
今出来ることを全部出し切りたい場合
受け手の期待が「今までの延長」にある場合
「究極」のすごさは、「今ある物事の一番いい状態を作れる」ことにあります。
至高
「至高」は、全く新しい要素を軸としたアプローチ。
既存の要素を前提とせず、発想の起点そのものを変えてしまう姿勢です。
至高の例
至高のゼニス頂神殿
デュエマの種族「ゼニス」に対し、それまでと大きく異なる方向からデッキを組んだ構築済みデッキ。王道Wにおけるアビスベル陣営
デュエマのジャシン帝から抜け出た魂がリーダーで、王道Wの主人公種族(種族カテゴリ)「アビス」を配下に持つ。外見や戦法も新規性が高い。BanG dream! Ave Mujica
バンドリの物語において新しい、サスペンスや仮面劇を中心に据えた。
特徴
非連続性
従来の枠や評価基準に対して範囲外の要素を中心としているビジョン先行
現実の制約よりも望むビジョンが先にある価値の転換
何を「よい」とするかに新しい価値を提示する
メリット
斬新さが高いため、真似されにくい
受け手に新たな価値基準を与え、「未来の標準」や「新ジャンル」を生む可能性がある
新要素を盛り込むからこそ、逆説的に「根源たらしめるもの」が分かる
デメリット
最初は理解されにくく、受け入れられるまで時間がかかることも多い
既存の要素を好む層からの反発が想定される
「独りよがり」と評されるリスクも
もし途中で尻込みしてしまうと急速に強みを失うので注意
「至高」を選ぶべき場合とは?
これまでにない新しい挑戦をしたい場合
誰もまだ踏みしめてない道で旗を立てたい場合
「新しい世界観」そのものを売りにしたい場合
「至高」のすごさは、これまで通りの観点からは分かりにくいものです。しかし、その先にこそ、「他に代えられないもの」があります。
注意点
混ぜるな危険
この手のアプローチは、その多くがバランスが大事と言われます。
しかし、「究極VS至高」は違います。
これらのアプローチを使って新しいことをする際は、少なくとも1つの括りの中ではどちらかに大きく寄せたほうがより多くの高評価を得られると筆者は考えています。なぜなら、2つが混在すると、以下のようなリスクがあるからです。
新しいものを観たくて観始めた層が、第一印象ほど新しくない実態にがっかりするリスク
一見既存層に向けているようで、実態がこれまでにないものすぎて付いていけなくなるリスク
逆に、どちらに寄せるか事前に決めておくとコンセプトを一気通貫しやすいです。
視点を意識しよう
例えば、日本のカレーライスは現代では定番となっており、「究極のカレー」と聞くとこれを洗練させる様子が思い浮かぶかもしれません。
しかし、「カレーの歴史」を踏まえると、それは、インドのカレーが日本に伝番し、様々な変化が加えられた後のものです。
即ち、歴史的には日本のカレーは「至高のカレー」であると言えるのです。
このように、現代の究極も、歴史を俯瞰すれば至高に含まれる場合が往々にしてあります。よって、「今どの位置から究極/至高と言っているのか?」を意識する必要があるのです。
まとめ
「究極VS至高」は、高みを目指すという同じ問いに、それぞれ異なる答え方をしています。
これを読んでいる皆さんも、新しいことをする際は究極か、至高か、選んでみてはいかがでしょうか。
