街のプラネタリウム【創作】
駅から少し離れた商店街の外れに、古びたプラネタリウムがあった。
それを知ったのは偶然だった。児童館の帰り、夕立に追いかけられて走っていたとき、ふと見つけた「上映中」の看板。雨宿りにはちょうどいい、と思った。
重たい扉を開けると、中はしんと静まり返っていた。ロビーに人の姿はなく、受付の机に座っていた白髪の男性に、僕は軽く会釈をする。
「ひとりです。」
買った切符は、驚くほど安かった。小学生ひとりでの入館だが、別に気にもかけていない様子だ。まるで、違う世界に足を踏み入れたかのような感覚。
館内の椅子は半分以上が補修され、薄暗い客席の中央に、小さな影がひとつ。女の子が、傘を抱きしめるようにして座っていた。自分と同じ、雨宿りが目的なのかもしれない。
座るときにがたっと音をたててしまい、彼女は少し驚いてこちらをちらりと見た。
……何か、言わないと気まずいかな。
「きみも、音羽小?」
「……。うん、四年生。」
つまり、ひとつ年下らしい。
僕らは、すぐに視線をスクリーンにうつした。
やがて明かりは落ち、天井一面に星が広がる。プラネタリウムの星空は、現実よりもずっとくっきりと浮かび上がり、目を凝らすたび遠い世界に誘われる。ここでは、外の雨音も聞こえなかった。
ナレーションは淡々と星座を解説していく。僕はそばにいる彼女と、知らない間に同じ時間を分け合っていることをなんとなく意識していた。
その回の投影が終わると、館内は再び静寂に包まれた。僕が立ち上がると、彼女も同じタイミングで傘を抱えて立ち上がった。
「外、まだ降ってるかな。」
彼女が言って、入口へ歩く。僕もつられて外へ出ると、雨はまだぴりぴりと降っていた。今日の夕暮れ空は特に薄暗く、空気には湿った街の匂いが混ざっている。
暗くなくても、天候がよくても、この街ではきれいに星が見えることはそうそうない。「違う世界」から、現実に引き戻される。ここで僕はようやく、傘がなくて、これから濡れて帰らないといけないことを思い出した。
僕の横で、濡れた髪がそっと揺れた。
小さく息を吸う気配がする。
「ねえ、あそこ。何かに似てない?」
街灯の明かりと、遠くのビルの窓の光。僕らはその灯りの中に、見覚えのあるかたちを見つける。
「……オリオン座だ。」
僕の声に、彼女は微笑んだ。街の光が、さっきスクリーンに投影されていた、オリオン座の形状で輝いている。
左の高い位置で赤く強く光る街灯は、ベテルギウス。三つ並んだビルの窓の光が、オリオンの帯を作っていた。
子どもの身長だからこそ見えた。近くを歩く大人たちは、きっとこの光のかたちには気づかないだろう。
しばらく、立ち止まる。
降っているはずの雨の音が、なぜか聞こえてこない。
僕たちは、光と雨の中で、言葉のない秘密を共有しあっていた。
ふたりだけの、街のプラネタリウムで。
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