ファーストピアス【創作】
鏡の前で髪をまとめるたびに、耳たぶのあたりに指が触れる。
そこには、何もない。
……きらきらと耳で輝くピアスに、子供の頃から憧れがあったのに。
はじめてピアスを開けたのは、高校を卒業した春だった。
病院で開けてもらった。八千円の出費は痛かったけど、器具を使って自分で開けることは、怖くてとてもできなかった。
私にとって、これは「大人になる儀式」みたいなものだった。
右の耳たぶはすぐに落ち着いたけど、左は少し厚くて、何度も痛んだ。
そのたびに、鏡を横目で見つめながら、消毒液の匂いを感じていた。
ファーストピアスは、ピアスホールが安定するまで外せない。
穴を開けてしまえばそれまで、と思っていたけど。
現実は、そう簡単にはいかなかった。
──あの頃、私は、友だちをひとり失った。
はじめて本気で好きになった人を、取られたくなかったから。
……あるいは、彼女の方が先にあの人を好きだったから、私も気になってしまったのかもしれないけど。
友人に対し、少し、裏切るような真似をしてしまった。
その些細な嘘の棘は、私の胸にも突き刺さっていた。
それでも、私は自分の選択を正しいと思いこもうとした。
恋は痛みを伴うものだと、どこかで思っていた。
友人をひどく傷つけたのは、他ならぬ私自身だというのに。
言うまでもなく、友人を中心とした周囲の人間とは疎遠になった。
大学のキャンパスで、すれ違う人の視線を感じることに恐怖を覚えた。
メッセージの通知も止まり、昼休みに誰かといることも少なくなった。
ああ、軽蔑の眼差しって、こういうことを言うんだ。
向けられると、呼吸することさえ苦しくなる。
結局、彼とは長く続かなかった。
私がアルバイトで必死に稼いだお金は、あっという間に彼のタバコとパチンコ代へと変わった。寝起きの彼の機嫌が悪かったことが原因で、前歯を一本失ったのもあの頃だ。
要するに、ろくでもない最低の男だった。
……そんな男を選んだ私も、きっと大したことない人間なんだと思う。
半年が過ぎたころ、彼とは別れた。
思い返せば、最後の方は意地になって一緒にいた気がする。
例の友人が、様子のおかしい私を見かねて声をかけてくれなかったら、今頃どうなっていただろう。
深夜のファミレスで、私は、泣きながら嘘のことを謝った。彼女は、黙って聞いてくれていた。
……でも、その後はお互い、一度も連絡を取り合っていない。
しばらくして、左のピアスの穴は完全にふさがった。大人になるためのピアスホールが、安定することはなかった。
痛みが引いた頃、耳たぶは元通りになっていた。
跡だけが、少し硬くなって残っている。
たぶん、心も同じ。
無理に広げようとしたものは、長くは続かない。
それでも、そこに傷があったこと、痛みを伴ったことだけはちゃんと残る。
人との距離を測ること、人に気持ちを伝えること。
今でも苦手だし、過去のことを思い出すと心は大きく揺さぶられる。
あれから大学も卒業して、仕事にも慣れてきた。
環境にも恵まれて、自分に自信を持てる気持ちも育ってきたと思う。
人を見る目が養われたかは、わからない。
けど。
この春もう一度、ピアスに挑戦してみようと思っている。
鏡の前の私は、まっすぐな目をしてこちらを見つめていた。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。