真相は、靴箱の上【創作】
用務員室に、傘の忘れ物がひとつ届けられた。
「傘の、忘れ物がありました。」
女子学生はそう言って、少しだけ眉を下げた。
「ありがとうございます。」
僕は受け取って、届出をした人の署名を念のためもらうべく、落とし物簿を引出しから取り出した。
ふと、窓の外を見て、おやと思う。
傘の忘れ物は、雨上がりに多い。その日は朝からずっと雨だった。空は濡れた鉛色で、夕方になってもその気配は続いている。こんな日に、傘を忘れて帰るだろうか。
雨は、今も窓を打ちつづけているのに?
用務員室の窓からは、生徒たちが傘をさして帰っていくのがよく見えた。中には、相合傘で帰る学生もいた。
こんな日に忘れ物。持ち主が複数本持っていたか、置き傘かなにかだろうか。
彼女は、落とし物簿に、「見つけた場所:一階のシューズボックスの上」ときれいな文字で記載した。
ちらりと横目で見る。彼女はそれに気づくと視線を落とし、何か言いかけては口を閉じた。
──シューズボックスの上に置かれた傘に、背の低い彼女が果たして気づくだろうか。あの高さ、目につきやすい場所とは言いがたい。
なのに、迷いなく届けに来た。その理由は……なんだろう?
僕が記載された文字を確認する間、彼女は入口の方を気にしていた。扉のガラス面の奥では、廊下の向こうの窓が空の景色を映しているだけだ。
その折り畳み傘をよく見ると、名前が書かれていた。クラスもある。
届けた彼女と、同じクラスだ。
「……これは、忘れ物というより──」
言いかけると、彼女はこちらを見上げ、小さく息を吸った。
「賭けに、負けたんです。」
それは、雨の音にかき消されそうなほど小さな声だった。まるで涙の気配を隠すように、彼女はそれ以上何も言わず──用務員室を後にした。ドアが閉まる音が、そっと部屋に響く。
その日、用務員室には、もう他に誰も来なかった。廊下の足音は減り、雨音だけが残されていた。
ぬるくなったコーヒーを飲み干し、新しくお湯を沸かす。その間、何もせずにしばらく空想にふけった。
……ここからは、僕の推測でしかない。
雨がやんだら──。
彼女は、「誰か」に声をかけて、一緒に帰ろうと思っていた。
でも、雨が降り続けていたら──。
「自分では勇気が出ない」と言って、友人にその役目を託すつもりだった。
だから彼女は、友人の傘をこっそりと靴箱の上に隠した。「忘れ物」ということにして、あとで用務員室へ届ければ、友人は必然的に誰かと相合傘で帰らざるを得ない。
そういう段取りだったのではないか。
ちょうどそのときだった。ぱらぱら、と屋根を叩く雨音が弱まりはじめた。
「もう少し……放課後になるのが遅かったら、良かったんですけどね。」
用務員室の外に出ると、雨は、やみかけていた。冷たく澄んだ空気に溶け込んだ、湿った土の匂い。それが、胸の奥を軽くしていく。
──彼女の心の雨も、同じようにやめばいいが。
植え込みをふと見ると、葉に残った雨粒が夕陽を受けて光り、白い小さな花が咲いたようにきらきらときらめいていた。
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。