ポケットの中の鍵【創作】
「鍵は返さなくていい」
メッセージは、たったそれだけだった。
だから僕は、鍵の束をポケットに入れて、出かけた。
分かっているはずのことを、分からないふりをして。
玄関の前にどうにかたどり着き、鍵を差し込んだ。
回そうとして、少しだけ力を入れた。
重い手ごたえ。鍵は、動かなかった。
金属が、きゅっと擦れる音がした。
その音だけで、もう十分だった。
メッセージを送った。前みたいな長文じゃなく、短く。
「まだ僕の荷物、残ってる?」
以前は、感情的になって、強い言葉をぶつけてしまった。
彼女の友だちと名乗る人を通して「もう近づかないでほしい」と言わせたことが、許せなかったから。
でも、返事はなかった。
画面を閉じてから、以前の自分の言葉を思い出した。
──僕の物は、送らなくていい。処分してくれ。
あのときは、きれいに終わらせたつもりだった。
格好つけたかっただけかもしれない。
でも、処分されたのは、物じゃなかった。
鍵を抜いて、手のひらに乗せる。
軽い。
彼女が、駅で落として失くしたとき。
大騒ぎして、一緒に探したっけ。
大事な物だから。
世界にふたつ。
僕と彼女がひとつずつしか、持っていないものだったから。
鍵束から外して、ポケットに戻した。
捨てはしなかった。
もうこれは、どこの扉も開けられない。
でも、僕はしばらく、ポケットに手を入れたままでいた。
きっと、冬の風のせいじゃなかった。
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