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えいっ!【創作】

カンカンという音が響く。

この音はどこか聞き慣れた音だった。どこか耳馴染みのある音だった。それは、寝ている間に頭の中で響くこともあるし、日中電車の中で急に聞こえてくることもある音だった。

心地よく、響いてくれているだけであればそれでよかった。

今日、珍しく化粧をした。化粧は慣れていなくて下手くそで、別にこれからも上手くなりたいとも別に思わなかったけど。

「不健康に見えないように」必ず化粧をしろ、って言ったバイト先のあいつは、死んでも許さないけど。

それでも、今日の鏡の向こうの私は、ちょっとだけキレイだったと思う。無理やりひねり出した笑顔はひきつっていたから、愛嬌はまだまだみたいだ。

カンカンカン。

一華という名前は嫌いじゃなかった。むしろ、あの親からもらったものの中では、気に入ってる方。世界の方が、私を望んでいなかったというのならご愛嬌。

生活が変わるタイミングに、よく頭が痛くなる。あの、心地よかったカンカンという音は、このときばかりは嫌になる。私の目の奥のさらに奥で、強くつねるような痛みを生み出すから。

こうなると、薬を飲んで、それからよく冷やすしかない。手ごろな金属は、文句も言わずに寄り添ってくれた。

花粉も邪魔だし、マスクも嫌い。みんなみんな、私の敵。

気持ちが沈み込むのを浮上させるために、私はいつも気合を入れなければならない。そして、自分を鼓舞するときの掛け声は決めてあった。いざというときに、迷わないための指標として、そばに置いておいた言葉だ。

私は、「えいっ!」と言うことにしている。

少し疲れてきた。けれど今日はもう一度、このあとで声に出して言おうと思っている。

カンカンカン。

私の家は五階だった。もしかするとそれは奇跡だったかもしれないし、皮肉な運命だったかもしれなかった。あまりにも、ちょうどよすぎて。

昔から、小学校のころから。私は肩凝り持ちだった。レントゲンをとって、ストレートネックが原因だと言われたことがある。

寄り添ってくれたあいつも、もういない。「離れた方がお互いのため」は、自分だけが離れたいやつが都合よく使う、最もきれいで最も汚い言葉だ。

医学部に友人がいた。整形外科、いわゆる骨とか見る方の。たまたま話を聞いて、すごく勉強になったことを覚えている。

カンカンカン。

六階だと、九割越えるって聞いた。逆に、四階だと、骨とかを痛めるだけだって。若い娘が多いって聞いたけど、私も二十一ならそこに入れるってわけね。

いちかばちか。賭けに出るには、五階がちょうどいい。一華って名前は、やっぱり嫌いじゃない。

気を失うって聞いたけど、ほんとかな。試してみて、ほんとだったら誰かに教えてやろ。

もう、音は聞こえていなかった。

「えいっ!」


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。