ループの果てに【創作】
夜の部屋に、ふたつの光が浮かんでいた。
男のモニターには、開発中のゲーム。
女のモニターには、シナリオファイル。
ふたりは、背中合わせに同じ世界を制作していた。
イベントでの発表時までに、何とか作品を完成させたい。
そんな思いで、ここ数週間は寝る間も惜しんで作業に没頭していた。
目標が見えていれば、そこまで頑張ればいいだけだ。
しかし、今ふたりが続けているのは、延々と終わりの見えないコードの編集。そして、シナリオの推敲作業だった。
陰鬱とした気配がじりじりと忍び寄ってくる。
いつしかふたりは、そんな錯覚にとらわれていた。
* * *
ジャンルは、ループ型アドベンチャーRPG。
死の直前に「記憶を持ったまま」時間を巻き戻ることができる「クロノ・リターン」の能力を持つ、かつて王国の近衛騎士だった青年が主人公の物語だ。
何度もループして世界を救う──そんな流れのシナリオは、今となっては月並みだ。しかし、独自のシステムとの噛み合いで、サークルの仲間内でも、商用作品とひけをとらない出来だと高く評価されていた。
ループを行うたびに反動によってキャラクターの能力にデバフがかかり、同じボス相手でも攻略難易度が増すシステムを搭載。また、ループ後に行動を変えるたびにダンジョン構造は大きく変化する。ランダム性を持たせて、繰り返しのプレイが飽きないように工夫してあった。
滅んだ王国を取り戻すため、そして散っていった仲間を救うため。
何度も何度も世界を繰り返す主人公。
物語は、佳境を迎えていた。
* * *
「また、ループした。」
男がつぶやく。
「ここは……コードの条件分岐を、ミスってるな。」
男がエラーログを追う。
わずかな記号の記載漏れで、世界が壊れる。
さっきは、エラーログ表示の条件設定ミス。その前は、複数の条件が重なった場合の分岐先指定が一意に定められていなかった。
そして今回は、条件分岐の分岐先の指定忘れ……。
テストを実行するたび、行く先を失ったコードがどこかの条件ループにはまり、思いがけない挙動を起こしてエラーに突入する。
「いったい、何回やり直してんだ……。」
「物語も、同じかもね。」
女は苦笑いしながら、テキストの一行を消しては打ち直す。
『もう一度、やり直せばいい。』
作品の中でその言葉を何度も書き直す。そのたびに夜は深くなり、指先の感覚が遠のいていく。
「主人公が、軽い気持ちでやり直すというのでは物語としては駄目。『本当は、もう一度やり直すのが怖い』って気持ちを、ちょっとした行動で表現できないと……。」
主人公が能力を行使するたび、女もまた改訂というループに陥り、軽い恐怖感にとらわれていた。
ふたりのタイピングの音が、まるで互いの呼吸を真似るように、室内に響き続ける。
* * *
ゲーム内のループは、次第に物語に大きなうねりをもたらしていた。
主人公は、死ぬたびに時間を巻き戻し、世界をやり直す。
そのたびに、仲間たちの記憶は少しずつ壊れ、街の景色が歪んでいく。
ループを重ねるほど、世界は摩耗していった。
それでも彼は諦めなかった。
「次こそ、みんなを助ける!」
しかし、物語終盤。
主人公は、全ての「滅んでいった」並行世界の記憶を持つがゆえに、善意の「やり直し」が他世界の崩壊を招いているという事実に気づく。
ループとは、救いのかたちをした破壊だった。
やり直しの能力の使用を、躊躇するようになる。
また、常に主人公と行動を共にしているヒロインは、周回を重ねるうちにループ能力の魔力にあてられ、世界のやり直しに気づいてしまう。その影響で、徐々に心が不安定になっていってしまっていた。
繰り返しを、もうやめるのか。
それとも、一縷の望みをかけて、最後のループへ突入するのか。
* * *
「こっちは、メインのコードはもうすぐ通せそうだ。...…そっちはどうする?」
男が訊いた。
「推敲する。納得いくまで。」
女は静かに指を動かし、ひとつの結末を書き換える。
『世界も、仲間も助けられた。……ただし、世界を救ったふたりの英雄はもう戻らない。』
画面の中の主人公とヒロインは、手を取り合って微笑んでいた。
「ねえ。このラストシーンだけど。……主人公とヒロインは、自分を犠牲にしてみんなを助けたあと、世界をやり直すことをもうやめるでしょう。
……これって、やり直しの能力はもう必要ないってことよね。
じゃあ──こういう結末にはできない?」
通常、ふたりは黙々と作業に打ち込むのだが、システムと絡むシナリオについての相談のときは別だ。男は手を止めて、女のモニターの画面を振り返った。
「──なるほど。これまた、えらく細かい分岐指定だが、この内容を組み込むことは難しくないはずだ。各シーンに少し条件を追加すれば...…。」
「ではそれで。こちらも完成だわ。仕上げのシーンを描くわね。」
* * *
主人公は、ようやく他の仲間たちと世界を救う。
ヒロインも、そんな主人公を全力で支えた。
平和の代償として、自分たちは闇の中で永遠に生き続けることを選択した。
色々なものを天秤にかけ、ときには手放し、最善の選択を続けてきたからこそ、得られた成果だ。もう、やり直しは必要ない……。
その瞬間、ゲーム内で新しいイベントが発生する。
暗闇の中、自身が救った仲間たちが歩み寄ってくる。
主人公たちが手放した「クロノ・リターン」の能力を取り込み、彼らもまた、何度もループを繰り返してきたのだった。
『──迎えに来た。君たちふたりだけを放っておけないから。』
それは、複雑に絡み合う並行世界で、世界を救うための条件分岐を積み重ねてきた主人公らへの、一筋の救いのルートだった。
画面が白く光り、タイトルがゆっくりと浮かび上がる。
* * *
物語は、幕を閉じた。
光の中、画面の中のキャラクターたちが、モニターのこちら側を見ているようだった。
男は息をのむ。現実の部屋が、ゲームの世界と重なったような感覚。
「テストプレイ完了。……ともかく、なんとかかたちになったな。」
夜が明けた。ふたつのモニターに、朝の光が差し込む。
「おわった?」
女が訊く。
男は小さくうなずく。
ログを閉じ、保存ファイルを見つめた。
“final_version_clear”
「やり直しは、これで最後だな。」
「うん。私たちもこれで、ようやくループを抜け出せたってわけね。」
いつの間にか、外では鳥の声が聞こえている。間もなく、窓からの陽の光もいっそうあたたかくなり、ふたりをやさしく包んでくれるだろう。
……ただ、カーソルの光はまだ消えていない。
女のモニターには、文字が浮かんでいる。
「まだ、何か書いているのか?」
「いいえ? エディタはもう閉じたはずだけど……。」
ふたりは怪訝そうに顔を見合わせ、そっとモニターの文字を覗いた。
『──迎えに来た。君たちふたりだけを放っておけないから。』
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。