あの夜、外れた板のこと【創作】
私は少し困っていた。昔ほど、わくわくしなくなっていたからだ。
保育園のころは、毎日が新しかった。自転車に乗れるようになった日、初めて遠くまで歩いた日、全部が事件だった。
でも小学校三年になったころ、夏休みが来ても、昔ほど胸が高鳴らなくなっていることに気づいた。
学校に行っても。公園に行っても。知ってる人、知ってる生き物、知ってる出来事にしか、出会わない毎日。それが、少し寂しかった。
中学に入るころには、その感じはもっと強くなっていた。学校はつまらなくはないが、特別面白くもない。クラスの空気も、どこかよそよそしい。昔みたいに「放課後が楽しみ」という感じがない。
「このまま私は、感性が枯れ果てて、タコのように退屈な一生を送るんだわ」と、ため息をつき、窓の外を見てたそがれる。そんな痛い子だったと思う。
* * *
うちは、両親が「海外旅行に行きたい」タイプの人種だった。
親が話を持ってきたツアーかなにかだっただろうか。中学一年の冬、私にイギリスへホームステイに行く話が出た。九日間、ロンドンに。
日本の学校はあまり楽しくなかったが、海外に行くというだけで、ちょっとした別世界を体感できるような気がしていた。
残っているかどうかもわからない感性を、ぎゅっと握りしめて。他のツアー仲間と、飛行機で飛び立った。
* * *
現地は、クリスマスの足音の聞こえる空気で包まれていた。私は、お店でセールになっていたブーツを買った。ヒールがついていて、その部分は木でできていた。買ってすぐさまその場で試着。履きなれていなくて、左右を間違えて店員さんに鼻で笑われたことは、私の思春期のハートに消えない爪痕としてしばらく残った。
それはさておき。
外の空気が違うことが、私の「楽しみ」を膨らませてくれた。まだこの世界には期待があって、わくわくがある。もう枯れていくだけと思っていた人生に、花が咲いた瞬間だった。
あたりには、レンガ造りの家。冬の寒さで、凍った歩道を、私は慣れないブーツで滑りながら歩いた。
* * *
英語はほとんど話せないけれど、ホストファミリーは明るく迎えてくれた。
私の部屋には二段ベッドがあって、同じツアーの日本人の女の子、ユキちゃんとの相部屋だった。神聖なじゃんけんの結果、私が勝って、上を陣取る。
そんな私の前に、試練が立ちふさがった。初日の夜、寝る前に二段ベッドに潜り込んだとき。かたりという音とともに、突然足元の、すのこ板の一部が外れたのだ。
え。
壊しちゃった。
はめこもうとしても、戻らない。あまり騒ぐと、下のユキちゃんも起きてしまう。
まずい。まずい。
この国の、法律は知らない。いや、日本のものもよく知らないけど。ベッドを壊してしまったら、どういう罪に問われるのか。
英語で説明できない。どう言えばいいのかもわからない。ホストファミリーに怒られるかもしれないし、弁償しろと言われるかもしれない。もし家を追い出されたらどうなるんだろう。ここは外国だ。帰り方もわからない。
最悪、このままロンドンでストリートチルドレンになるかもしれない。そんな大げさな想像まで頭に浮かんだ。
新しい感情が次々湧いて生まれる。私ははっとして、こんなところで消費してはだめだと、感性のつまった心をしばって、抑えつけていた。
疲れていた私は結局、その夜何も言えないまま眠った。
* * *
翌日、あらためて通されたリビングに驚いた。部屋がとにかく、とにかく汚い。まるで世界中のおもちゃ箱の中身をひっくり返したかのように、そこいら中に物が散乱していた。
「rubbish」。初めて覚えた、イギリス英語だった。
一方で、食事がおいしいのが意外だった。「イギリスはまずい」と事前に聞かされて覚悟していたのに。ワンプレートのキッシュの裏が、毎回例外なく真っ黒に焦げているのだけは不思議だったけれど。
おいしそうに食べる私の顔をにこにこと眺めるホストマザーに、壊したベッドのことなど、言えようはずがなかった。私は笑顔を貼り付けて感謝を伝えながら、いつどのように伝えるべきかと、冷や汗とともにタイミングをうかがっていた。
ここでは日々、新しい出来事があった。
突如として家の中ではじまる、エアギター大会。何も持たない人々にまぎれ、楽器らしきものを抱えていたホストファーザー。しかしそれは、ギターでなく掃除機だった。
あるときは、散乱した物をブルドーザーのように押しのけて、そこにルールのよくわからないボードゲームが広げられた。ユキちゃんが、それを見て困ったように笑っていた顔が印象的だった。
わからない常識に、生きてきたのと違う世界。そんなものに触れて、長らく更新されていない、思い出のスライドショーのページが増えた気がした。
* * *
クリスマスの25日。
「パーティ用の服に着替えて!」と声が聞こえた。スーツケースの中にそんなものはなかったけど、私は、ユキちゃんとほんのちょっとだけドレッシーな服に衣裳替えをした。
その日の、相変わらずの焦げたキッシュと、両方からふたりで持つ妙なかたちのクラッカーを持って鳴らしたことを覚えている。私とユキちゃんがホストファミリーからもらったプレゼントは、ボディショップのグッズだった。
私の方も、日本から来たときに持ってきたプレゼントがあった。
そんなに深く考えて、選んだものではなかった。兄が最近やっているゲームソフトで使われている曲の、CDだ。英語が使われているものがいいだろう、という、軽い気持ちで選んだ。
その歌詞は難しくて完全には理解していなかったけれど、しっとりとしたラブソングで、私もたまに聴いていた曲。
案の定、現地の人は誰ひとり知らなかった。
それでもホストマザーは喜んでくれて、わざわざパーティの途中で流してくれた。曲の雰囲気に合わせて部屋を暗くし、みんなで一曲通して聴いた。
気に入ってもらえたかどうかはわからなかったけど、うれしかった。
私は、ここでの生活が楽しかった。でも、不安もあった。
これが終わって、また日本でのつまらない日常が続いてしまうこと。その前に、壊れたベッドのことを最終日までに言わなければならないこと。
私はその夜も、寝つくまでの間、板が一部外れた不便な空間で、何度か寝返りをうった。下では、ユキちゃんが静かに寝息を立てている。その規則正しさが、かえって心細かった。
* * *
いよいよ最終日になった。
私とユキちゃんは、顔を見あわせてうなずいた。せめてものお礼にと、散らかったリビングを掃除した。あきらかなごみを袋に詰めることと、物をまとめて整理することくらいしか、できなかったけど。
ホストマザーは、喜んでくれていたと思う。私たちの頭をなでてくれた大きい手のことを今も覚えている。
私は、今しかないと思った。
勇気を出して、ベッドのことをホストマザーに伝えた。つたない英語で、しごろもどろになりながら指をさして。彼女はそれを見て、少し考えてから板を力まかせに元の位置にはめこんだ。がこっ、というパワフルな音がした。
板は、元通りになった。
「そんなことで悩んでたの? もう!」
笑いながら、そんな風に言われたと思う。
たったそれだけのことだった。でもそのとき、外国という場所が少しだけ怖くなくなった気がした。
ほっとして、少しだけ泣いてしまったと思う。でも、ここで感性をちょっぴり使うことは、間違っていないと思えた。
* * *
帰国後も、ロンドンのことは色々と思い出す。凍った道のこと、焦げたキッシュの味、ごみ袋に書かれていた英語の単語。
けれど一番覚えているのは、あの二段ベッドのすのこが外れた夜のことだった。
──外れても、はめなおせばいいだけなのかも。
私は後日、英語で丁寧にお礼の手紙をしたためた。返事がくるかは、わからない。
CDプレイヤーのスイッチに手をかけた。静かに、イントロが流れ始める。
あのときと同じように、少しだけ胸が動いた。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。