「半分こ」の距離【創作】
放課後の空気は、制服に残った一日の熱をまだ冷ましきれずにいた。
ふたりで並んで歩く駅前。鉄板焼き屋ののぼりが、油と甘いソースの香りを風に乗せてなびいている。
「ひさびさの外食だよ~。美羽、やっぱりこっちの鉄板焼き屋さんにしよ! 地下にある方は遠いし、窓ないしさ。」
ほとんど反射みたいに、私は笑って「うん」と言った。
「じゃあ入ろ~。」
梨沙が嬉しそうに扉を押すと、じゅう、と鉄板の音が迎えた。
席につき、メニューを開く。私は、ガーリックライスを選択する。
この店のガーリックライスは少し量は少なめだが、あとに残るにんにくの匂いをさしおいても、とにかく美味しい。雰囲気は、ここではない地下にある方の鉄板焼き屋さんの方が落ち着くのだけれど。
梨沙はページの端をぱたぱたさせながら、変わり種のお好み焼きのページのメニューに視線を這わせている。彼女は、私が普段あまり選ばないような、イロモノのメニューが好きだ。
「私は、明太チーズもんじゃ風〜! 絶対おいしい!」
白い湯気とともに、ふたり分の注文が運ばれてくる。私の席の皿から立ち上る、にんにくの香りが食欲をそそる。私がスプーンを取るより先に、梨沙の手が伸びた。
「一口ちょうだい!」
制止するより先に、ためらいなくすくわれた私のガーリックライス。
「シェアしようよ。私のも少しあげる!」
もぐもぐしながら、自分の皿のお好み焼きを取り分けようとする梨沙。
ほんとは、自分のライスを全部食べたい。分けるなら、お好み焼きはもっとシンプルなのがよかった。でも、その言葉は、私の喉の奥で小さく丸まったまま。
「ありがとう。……でも、自分の分だけでいいから。」
そう言うのが、精一杯だった。口にした瞬間、胸の奥でなにか小さく折れた。
うまく分け合えないのは、たぶん料理だけじゃなかった。皿が空いても、口の中はどこか落ち着かないままだ。
油の跳ねる音、ケチャップやソースの焦げる香り。それらを巻き込んで、やけに遠くで響く鉄板。
話す話題は学校のこと、部活の噂、週末の予定。いつも通り、楽しい放課後のはずだった。相槌を打ち、笑顔をつとめながら、喉の奥の棘だけは、静かに残っていた。
* * *
帰り道。梨沙は、今度行きたいというカフェの話を楽しそうにしていた。私は「うん」「そうだね」と答えながら、鉄板の香りと、あのスプーンの軌道を思い出していた。
なんでだろう。あんな、小さなことで。
夜、部屋の灯りは柔らかく私の手元を照らす。スマホに写真。「今日も楽しかったね」笑顔の絵文字。
両手でスマホを包み、返信の文字を、打っては消す。送信欄は、空のまま、少し光っていた。
* * *
数日後の、昼休み。他グループのメンバーとも仲の良い梨沙は、別のテーブルで笑っている。
「ちょっとちょうだい!」
箸がまた自然に伸び、それを見た周りも笑っている。たぶん、それが普通なんだ。
私の頭に、おぼろげな輪郭が現れる。
あの子にとっての『シェア』は、仲良しの証。
そして、私にとっての『自分の分』は、安心の場所。
それぞれが音を立ててぶつかるわけじゃない。ただ、かたちが違うから、重なったときに、静かに軋むんだ……。
* * *
放課後。通知は梨沙から。
「こないだ言ってた、カフェいこうよ!」
私は指を止める。少しためらい、ゆっくり打つ。
「ごめんね、今日は一人で行きたいところがあって。」
送信。
すぐに既読がつく。返信は来ない。
駅前のベンチに座り、紙コップのココアを抱える。夕方の風が、少しひんやりする。
鼻腔をくすぐる甘い香り。舌に、じんわりとあたたかさが残っていた。嫌いになったわけじゃない。ただあの「半分こ」の距離に戻るには……もう少し、ひとりの時間が要る。
──言うべきかな。いやな気持になったこと。
本当はこうしたい、ああしたいってもっと言わないとだめなのかな。
でも……面倒くさいやつ、って思われるのもいやだ。
ふう、と息を吐く。落ち葉が足元で、風にあわせて小さく踊る。
街のざわめきが、静かに遠ざかる感覚。
カップの底で、甘さが静かに沈んでいった。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。