鉛筆と夕焼け【創作】
誰もいなくなった教室の窓から、オレンジ色の光が斜めに差し込んでいた。
カーテンがふわりと揺れるたびに、光の筋が床を泳ぐ。
夏の終わり。
進路調査の紙は、机の上に置きっぱなしのまま、何も書かれていない。
千尋はひとり、短くなった鉛筆を手の中で転がしていた。
芯はもう何度も削られて、あと数センチ。書けるのは、あとわずか。
「さすがに限界かもね……」
独り言のように、鉛筆に言った。
もしかすると、無意識に自分にも向けた言葉だったかもしれない。
家に帰れば、母は夜遅くまで働いている。
最近は、会話もほとんどない。
父のことを話すのは、家では禁句だ。
食卓に残されたぬるい味噌汁と、静かなテレビの音だけが、千尋を迎えてくれる。
「大学って、行った方がいいのかな……」
ぽつりとつぶやくと、窓の外の雲がゆっくり流れていった。
空は赤く燃えていて、美しいのに、どこか胸が苦しくなる。
机の上の鉛筆は、何かを訴えるように転がった。
これまでのノート、テスト、友達との落書き。
全部、この小さな鉛筆と一緒にやってきた。
何度も削って、細くなって、それでもまだ、書ける。
短くなった分、握りこむ手には余計に力が入った。
千尋は、ゆっくりと進路調査の紙を引き寄せた。
まだ決められたわけじゃない。でも、書いてみようと思った。
夕日が少しずつ陰りはじめる。
鉛筆を握る手に、迷いはまだある。
だけどその指先には、ほんのすこしだけ、確かな意志が宿っていた。
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。