特等席のコンサート【創作】
中学時代の同級生、青木直人から連絡があったのは梅雨の終わりごろだった。
「今度、松本が出る合唱コンサートがあるんだけど、杉本も一緒に行かない?」
松本悠里は同じクラスだったが、特別に親しいわけではない。青木がよくつるんでいたグループの中心にいた存在で、僕にとっては「あのグループの子」くらいの印象しか残っていなかった。
ただ、一度だけクラス内の合唱発表で同じ小グループになったことがある。練習の合間、あまり話すこともなかったが、彼女の声が澄んでいてよく響くことだけは妙に記憶に残っていた。
青木に加えて佐々木亮や田村恵も来るという。
ばらばらの大学に入ってから、連絡を取り合うことも少なくなっていた。
懐かしい顔ぶれに僕は少し気が楽になり、「いいよ」と返事をした。そのチケットは松本本人からの招待だということだった。
* * *
青木から突然メッセージが届いたのは当日の朝だった。
「ごめん、急な用事で行けなくなった。」
慌ててグループチャットを開くと、佐々木と田村が立て続けに「じゃあ自分もやめとくわ」と返していた。
あいつが来ないなら、行かない──ふたりにとっては自然な判断なのかもしれない。青木は僕たちのグループのハブ的存在で、集まるときに音頭をとってくれていたのはいつも彼だったからだ。
だが僕には、どうしても飲み込めなかった。松本がわざわざ僕ら四人を、まとめて招待してくれていたのに。なぜ、こんなに軽く放り出すのか。
「僕は行くよ。」
短くそう送って、スマホをポケットに押し込んだ。胸の奥では、彼らへの苛立ちがじわじわ広がっていた。
会場に着く。入場時にチケットを渡す際、名前を記入する仕組みらしい。
場内は、四つ取ってもらった席のうち、僕以外の三席がぽっかり空いていた。ステージから見れば、顔までは見えなくとも空席があることは分かる。仲間の薄情さが、僕自身まで恥ずかしい気分にさせた。
やがて舞台に立つ松本は、想像以上に堂々としていた。彼女は合唱団の中でも、特に小人数の発表グループに加わっていた。
人数が少ないぶん、ひとりひとりの声が際立つ。その中で松本の声は、あの頃と同じように澄んでよく響いていた。また、他の声とのハーモニーに溶け込みながらも程よく主張しており、全体をひき立てる芯のような響きになっていた。
あのときよりも成熟した声を聴きながら、なぜか胸の奥が熱くなるのを感じた。
* * *
数日後、青木から電話があった。
「この前、ありがとうな。松本、ちょっと怒ってたよ。『せっかく招待したのに、三人も来なかった』って。でも杉本だけでも来てくれたのはほんとに救いだったって。」
僕は、一瞬言葉を失った。松本の喜びよりもまず、彼女の怒りのほうが想像できた。わざわざ限りある枠を使って呼んだのに、三人が軽く裏切った事実。その怒りの中で、僕の存在がかろうじて意味を持ったのだ。
「いや、大したことじゃないよ。ただ……行かないと悪いかなって思っただけ。」
そう答えながらも、胸の奥では小さな誇らしさがふくらんでいた。
そうか...…。参加者名簿で僕だけが来たことを彼女は知ったのか。
コンサートの終了後、ロビーで花束を抱えた観客が出演者に渡しているのを見かけたことをふと思い出す。自分も知人としてなにか用意してやればよかったかな、と少し後悔した。
中学の同級生という肩書きなんて、もう日常ではほとんど意味をなさない。
けれど、あの夜聴いた声は、かつての記憶と今をつなぐ響きとして、今も僕の中に残っている。
あの会場で空席に囲まれた一席が、自分にとっては特別な意味を持っていた。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。