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録画データはクラウドの向こう【創作】

完璧だった。

会議リンクの発行も、参加者への案内メールも、アンケートフォームの設定も。チェックにチェックを重ねた私は、今日ばかりは「ぬかりない」と胸を張れた。

会議資料もセキュアストレージに配置し、それぞれの参加者へメールアドレス認証設定をした上で送付した。

会議は私にとってはあくびが出るような内容だが、録画設定と議事録作成、アンケート送付をひとり任されている。いや……正確にはもうひとり担当がいたが、体調不良で長期欠勤しているため、すべての重荷を背負わされる格好となったわけだ。

欠勤している同僚は、様子見に会議に遠隔で参加しようか、と言ってくれていたが、ほぼここまでひとりでやったのだ。もう最後までこのまま走りぬくつもりだった。

そして本日の会議だが、「アンケート回収のためにやるようなもの」と以前お偉方が言っていた。会議後にアンケートを即時配布し、感想やアイデアを忘れないうちに参加者に共有してもらうのが大きな目的。行政案件で絶対に遅配が許されない、と釘をぶすぶすと刺されていた。

けれど、こちらも問題ない。アンケート内容については上長の決裁をとって準備済み。かつ、各所に送るアンケート依頼メールの文章は昨日のうちから下書きし、アンケートフォームを入れて会議後に自動送信されるよう予約設定している。

本当に、私にしては完璧なくらい完璧。ひとりでやれたのを誇っていいと思う。

* * *

そうして会議はつつがなく終わり、現地の参加者は、一時間半の熱量をたっぷり残して退室していく。オンラインで参加していた遠隔の参加者も、次々とミーティングルームから退室していった。私は、ホッと息をつきながら自分の会議システムの参加画面を閉じた。

──そして十数分後。

画面を開いた瞬間、呼吸が止まった。

「……………………ない。」

マイレコード画面に、会議録画が、ない。

検索しても、ない。更新しても、ない。
ドライブのフォルダにも、どこにも、ない。

あれ? ちょっと待って、え、待って待って待って……?

は!?

脳内で警報が鳴り始める。こんなときは、深呼吸してマニュアル確認。組織アカウントで、私の環境ではこの会議システムの録画データの配置先は……。ローカルではなくクラウド上、自身のアカウントのマイレコード画面。つまり、ここだ。

でも、ない。

私、録画ボタン……押したよね。押したよね?

え、押したよね?

心臓が、胸の内側を叩き割るみたいに暴れ始めた。目はきょろきょろとせわしなく動き、集中力が霧散する。指先は、氷のように冷たくなっていた。

確か「会議開始時の自動録画」の設定はオフにしてあった。オンにしてしまうと、共同開催者の他の偉い人が先にオンライン参加したときに、その人のアカウント内に録画データが保存されてしまうから。

『こちらでレコーディングを手動開始しますので、みなさんは対応されなくて問題ありません!』

数週間前の打合せで自信満々に話す自分の姿を、俯瞰で眺めている空想をする。

──ばかばかばか。今回ばっかりはミスは許されないって!

『最近ミス多いんじゃない? 気を付けてよ。』

上司の言葉が思い出される。ミスが多いのは、生まれつきの性格のせいだもん。最近彼氏と喧嘩が多いからとかじゃないもん。

気持ちが沈みやすくて困るとか、女は論理的じゃないからだめだとか、機械苦手な人多いよねとか、絶対言われたくない。課長ほど気分屋じゃないし、会長よりかはPCスキルだってあるやい。

もし録画できていなかったら──。
今日の議事録、全滅。

しかも不参加の関係者に送る話になっていた動画も出せない。会議のエビデンスもない……。

録画に任せてメモすらとっていなかった。せめて、予備としてレコーダーでも手元に置いておけばよかった。

仕事としては、かなり致命的。

「うそ……でしょ……?」

思わず声が漏れた。

PC画面を震える手でたたく。キーを打つ音がいつもよりうるさく感じる。マイレコードをもう一度確認する。録画はない。

検索欄に「ミーティング」「録画」と片っ端から入れる。

──やっぱり、ない。

頭の中で、真っ白な砂嵐のような焦りが吹き荒れる。このまま、会議室の窓の外まで吹き飛ばされて、風になって飛んでいきたい気持ちだった。

と、そのとき。

会議システムの画面の右上に、妙な表示が目に入った。

「1名が会議に参加中」

……ん? 会議、もう終わったよね?

恐る恐る会議タイトルをクリックすると、まだ誰かが、ひとりだけ接続し続けていた。

まさか……?

慌てて会議に入り直すと、画面には無人のミーティングルーム──だが参加者リストに、ひとつ名前が残っている。

それは、欠勤している、私の部署のパートナーの名前だった。そういえば一応会議に参加できるか自宅からテストできる、と言っていた。

どうせ、会議を聞きもしないで寝てしまっているんだろう。私も聞いてなかったけど。

光が見えた。まだ、全員退出してなかったんだ。ということは、録画データの変換処理は始まらない。その処理は「全員が退出した後」に自動で開始されるからだ。

つまり、録画が存在しないのではなく──まだ録画が終わっていなかっただけ。

「……よかったあ……」

私は震える指で、つまみ出すようにその仕事仲間を強制退出させ、自分も退室して会議を確実に終了させた。

数分後——マイレコードに、ぱっと会議録画が現れた。

その瞬間、世界が急に色を取り戻した。私の寿命はおそらく三年は縮んだ。顔は五年は老けこんだように思う。例の同僚は十年恨んでやる。

……休んだ挙句、余計な真似をして、ひやひやさせて。本当にもう……。

「はぁ~……本当、死んだかと思った……」

全身の力が抜けて椅子に沈み込む。退勤するには早いけど、もう、今日は帰ってしまおうか。窓の外を流れる雲を眺めながら、そんな風に考えていた。

* * *

ノートPCをあらためて閉じようとすると、 通知が光っているのが目に入った。社内のチャットツールだ。

すると同時に、ふと頭をよぎる。アンケート依頼メールの予約送信設定、私してたよね? 会議終了時刻に予約してたはず。でも、会議が長引く可能性を考えて、メール下書きに戻してた気も……。

背中に再び、氷の手で撫でられたような感覚が走る。私はゆっくりと、再びパソコンに向き直った。

「アンケートメールはまだでしょうか?」
「はやく送付ください」
「行政関係者への送付は、絶対時間厳守ですよ」


録画のことでごたついていて、完全に抜けていた。
最初のチャットが到着してから、一時間放置してしまっている。

会議は終わった。録画も無事に確保した。
しかし、一難去ってまた一難。

私の頭が、再び高速でぐるぐる回り始めていた。


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。