小さな修理、大きな笑顔【創作】
会社では、白石勇司はサーバの組み立て、保守・保証対応に追われていた。最近では半導体の値上げに加え、GPUの争奪戦もあり、業務計画や調達は常にぎりぎりで回っている。
CPUの交換、メモリモジュールの追加、電源ユニットの確認といった精密さが求められる作業。ソフトウェアのインストール、OSのアップデート、GPUドライバーの更新といった技術と知識が問われる操作。ときには、ディスクをフルに積んだ重量のあるサーバを、ラックへ搭載するという力仕事まで。
勇司の業務内容は、多岐にわたっていた。
そして、販売先の顧客からは連日のクレーム、呼び出し、故障修理依頼が続く。
営業のように対面で「ありがとう」と言われることもなく、淡々と処理する日々。給料は同年代と比べれば悪くない。
それでも、業務にあたる日々の中で、心の満足感はあまり得られていなかった。
* * *
あるとき勇司に、友人の小嶋正樹からひとつの依頼が舞い込む。
「子どもに思い出を伝えたい」という理由で、携帯型ゲーム機の修理を頼まれたのだ。メーカーも今では修理対応をしていない古い機種で、中古でも入手は難しく、高額なこともあるらしい。
友人は「どうせこのままでは使えないから、保証がなくても構わない」と言った。遊んだ思い出を子どもと共有したい、その気持ちが強かったのだろう。
正樹とは旧知の仲だった勇司は、暇つぶし程度の気持ちで請け負ってやることにした。純粋に、あまり普段触ることのないゲーム機の中を見たいという興味の方が勝っていたのかもしれない。
「じゃあこれ、悪いけど頼む! 礼はきっとするからさ。」
話を聞いた当初は、普段機械を触っているからと安直に頼んでくれるなあ、と正直面倒に思っていたものだが──。
小型ゲーム機を、起動テスト用のゲームソフトと一緒に片手の平に乗せる。数百グラム程度のものだが、そこには友人の期待が乗っている。
仕事ほどのようなぴりっとした感覚はなくとも、託してくれた気持ちに応えたいという思いが生まれていた。
* * *
勇司は自室の机の上の物を床にどかし、まずは作業場所をつくる。作業前に環境を整えるのは、サーバも人間も同じだ。
デスクライトで手元を照らす。まずは分解からだ。
開けるには、Y字型のドライバーが必要だった。家にはなかったため、昨日ネットで取り寄せてある。費用は数百円だが、追って友人に請求すればよい。
「スタートボタンと十字キーの下が効かない」と聞いていた。先ほどテスト起動し、その状況は確認済みだ。ネジを外し、繋がっているコードを傷つけないようにそっとふたを開く。
中には、昔飼っていたらしい猫の毛が詰まっていた。その量が、短くない年月を感じさせる。
ビンゴ。──思った通り、十字キーの下側の接触部に毛が集中している。職場で、サーバのエラーログを確認し、推測した原因が特定できたときに似た感覚。ピンセットで猫の毛を丁寧に取り除き、掃除をする。これでキーの不具合は解消されるはずだ。
次に、スタートボタンの接点箇所を見ると、こちらは経年による茶色い汚れ。ここには綿棒を使って、接点回復剤を塗布する。
細かい作業。こちらは、日々のサーバメンテナンスに似た集中力を要する工程だった。
一連の作業を終えると、次はふたを戻していよいよ動作確認だ。出荷前のメモリテストのような、作業的な確認とはまた違う緊張感があった。
電源を入れると、ノイズの混じったロゴしか表示されない。
さっきのバラしで、どこかやられたか──?
背中に、緊張が走る。
しかし、ソフト側の接触等の問題もある。ソフトを入れ直し、再度電源を入れると、ゲーム会社のロゴがきれいに浮かび上がり、無事ゲームタイトルが表示される。
息をつき、勇司は椅子に深く腰掛けた。
遊んだことのないゲームだったが、一通りボタンの効きを確認できた。スタートボタンの戻りが少し遅い気もするが、許容範囲だ。十分に遊べる状態になった。
汗をぬぐい、電源を落とす。手に乗せた小さなゲーム機は、ライトの光を受けて──馬鹿みたいだが、神々しく輝いているように見えた。
* * *
手元のゲーム機を返した数日後、正樹とその子どもが家にやってきた。
きらきらした目の友人に、何度も深く頭を下げられた。子どもにまで屈託のない笑顔で「ありがとう」と言われ、恐縮してしまった。
──やったかいがあったな。
「礼はいいから」と言うのに、正樹は、勇司の好きな酒を置いて帰って行った。そこには確かに「人の喜びに直接関わること」で与えられる、あたたかい感覚があった。
結局、友人へは購入費用を請求しなかったY字ドライバー。しばらく見つめた後、勇司はそれを工具棚に静かにしまう。
友人の子どもの笑顔を見たとき、ふと普段の仕事のことを思い出した。無機質に感じる作業を繰り返している先にも──離れた場所で、こういう顔があるのかもしれない。
確信からはまだ遠いところにいる。でも、信じてみるのも悪くない。勇司の胸の奥のざらつきは、少しだけ和らいだ気がしていた。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。