来年の花【せりふ三題噺 / ゼラニウム団子耳】
自宅の卓上カレンダーにふたつ丸を記している。丸同士は一か月程度離れて位置していた。それらの予定を詳しくは書いていない。
* * *
親戚のおばさんのお見舞いのために、病院へ行った日が、ひとつ目の丸だ。
私はカレンダーに書いているのとは違う、ふたつの丸い粒を手のひらに乗せた。そろそろ出かける準備をしないといけない。それをぬるま湯で喉の奥に一気に流し込む。少しだけ、服に湯がこぼれて染みを作った。
スマホに届いていたメッセージ。「売店で、お茶を買ってきてくれないか」という依頼だった。
入院手続きのときも、私は率先して動いた。それはおばさんの「頼める人が他にいない」という事情からだけではなかった。今まで色々と私のためにしてくれた人のことだから、喜んで動いたのだ。
私は時間つぶしになるように、本も買って持っていった。できるだけ、前向きになれることが書いてある本がいいと思った。おばさんは犬が好きだったから、それに関する本にしようかと思ったけれど、迷ってやめた。
私は通院している病院から、別の病院へ。その日、渡り鳥のように移動した。
「仕事で忙しいのに、私のために悪いね。」
病室でおばさんのその言葉を聞いて、ちくりと胸が痛んだ。
「……ううん。」
それだけ言って、視線を逸らした。おばさんは、入院時のころよりもさらに痩せ細って見えた。血管や骨がそのかたちのまま、枯れ枝のように身体中を這っていた。
見舞いに私が一緒に持っていった団子は、食べられないからということで持ち帰ることになった。
おばさんは、手術を控えていた。成功確率は低くはないが、確実に命の保証があるような内容でもなかった。その日の会話では、できるだけ手術の話題には触れないようにした。
私も、相談したいことがあったけれど、その話もおばさんの顔を見ていたらできなくなった。余計な心配をさせたくなかったのは本当だ。おばさんは悪くない、私に勇気が足りなかっただけ。
「気合い入れてこ!」
そう言って微笑むおばさんの顔は、どこか作り物のようだった。なんとか言葉にするために、必死で空気を絞り出したようなトーンだった。その顔を見て、こらえるもののせいで私は少し目つきが鋭くなる。視線を落としても、布団の端をきゅっと握る、おばさんの手の甲の血管がそこに映るだけだ。
おばさんは、カーテン越しに窓辺の光を受けて、ただ微笑んでいた。
* * *
病院からの帰り、おばさんの家へ寄って、合鍵でその一軒家の扉を開けた。おばさんのお願いは、もうひとつあった。ベランダにある、ゼラニウムの花の面倒を見てほしいという内容だった。
少し軋んだ音のあとに、埃っぽいのに嫌じゃない匂いがした。
パチ、と壁のスイッチを入れると、遅れて照明が点く。明るさは、かなり抑えてあった。その部屋の景色に、キッチンで沸かすやかんの音や、好きなテレビドラマを見ながら話すおばさんの姿が、沈んでいる気がした。
もういないペットの犬のグッズがまだ、そのあたりに転がっている。私は、おばさんに持っていく本を、犬の内容にしなくてよかったと思った。
二階の窓を開けると、風が通る。そばには、初心者向けの植物の栽培についての本が置かれてあった。折り目が残されているのがなんの花のページかは、見なくてもわかる。
植木鉢のゼラニウムを手に取った。力強く赤い花色が、視界に大きく映る。おばさんは、自身が控えめな代わり、目を引く色が好きだった。
よく見せてもらった写真にいた、犬の首輪も。ポケットに入れたカードケースも。似た色をしていた気がする。
その花は、元気に咲いているように見えた。けれど、ベランダの風に揺れる姿は儚げだった。今はこうやって花を咲かせていても、温度管理や水、育て方次第で来年は花を咲かせないかもしれない。
* * *
自宅カレンダーの、ふたつ目の丸が近づいてきた。
それを見た私ははっとして、カーテンの向こうへ急ぐ。ベランダで枯れかけていたゼラニウムに、慌てて水をやった。ごめんね、と声をかけながら。
ここ二週間ほど、目が回るように忙しかった。自分の見た目や生活に意識を割いている暇もなかった。それでも、おばさんの願いは蔑ろにはできない。
ゼラニウムは、今もその植木鉢に根を張り命を宿している。
けれどおばさんはもう、額縁の中だけにしかいなかった。その遺影は、少しだけ若い。一生懸命探したけれど、良い写真がそれしか見つけられなかった。私は、おばさんのことをちゃんとわかってあげられていたのだろうか。
おばさんの家でアルバムを引っ張り出したとき。写真が一枚、大事そうにしまわれてあったのを思い出す。それは、おじさん以外の男性と、ふたりで写っていたものだった。その写真のおばさんの笑顔は、たぶん本物だった。
* * *
私の仕事を気遣ってくれていたけれど、おばさんを見舞ったあの日、私はもう休職に入っていた。やめたわけではない。長期の休みをもらっていたのだ。
職場の皆は、「きっと大丈夫」と、「元気に戻ってきてね」という。
私は曖昧に笑ったけれど、どこにもなんの保証もない。
これまで私は、できるだけ人とのかかわりから避けるように生きてきた。それは境遇のせいでもあったけど、性格のせいでもあった。
もし自分に「もしものこと」があったら、頼れる人はいない。
犬は、おばさんが最後まで面倒をみた。
おばさんの最後は、私が見届けてあげられた。
では、私はどうなるのだろう。
自宅の窓際の、おばさんのゼラニウムは、今もなお花を咲かせている。
私がいなくなったら、この花はどうなるのだろう。
私は無意識に、おなかをさすっていた。おばさんが病気になっていたのとは、別の場所。定期の通院では、どうにもならないものだった。
復帰できるかは、わからない。それは、つい最近目の当たりにした現実によって、嫌というほど思い知らされていた。
私はゼラニウムの植木鉢を丁寧に袋に入れた。がさりと袋の中で重い音がする。それと一緒に、もうひとつ鞄を背負って、扉の方へ向かう。
『気合い入れてこ!』
おばさんの声で、もう一度あの言葉が耳のそばをかすめた気がした。
※以下の企画に参加させていただきました。
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