未来を変えるアンケート【創作】
大学の門を出たところで、声をかけられた。
「すみません、ちょっとだけ簡単なアンケートにご協力いただけませんか? ほんの一分で終わりますから。」
差し出されたボードには「学生生活に関するアンケート」と書いてある。ペンを握って、授業の感想や将来の進路についていくつか丸をつけた。たしかに一分もかからなかった。
「ありがとうございました。あの、就活に役立つセミナーがあるんです。興味があれば……」
就活を控えている自分にとって、役立つ話が聞けるなら、と予定を合わせた。
私はコンビニのアルバイトも辞めて、就活に力を入れようとしていた。
人生の大きな分岐点において「何かをやらないと」という気持ちはあったが、何をすればいいか正直迷っていた。
アルバイト先さえ、家が近いからという理由で決めたものだった。参加するセミナーが、就活への第一歩を踏み出すきっかけになればとも思った。
* * *
指定されたビルの一室に入ると、すぐに「個別相談」と称して椅子に座らされた。スーツ姿の女性がにこやかに自己紹介をしてくる。
「これからの就職活動には英語力が欠かせません。グローバル化が進んでいることはご存じですよね?」
そこから始まったのは、就活のアドバイスというよりも「いかに英語が重要か」を強調する長い演説だった。
「TOEICの点数が高い人は内定率もぐっと上がりますし、昇進にも関わってきます。ですから、今からしっかり投資して勉強する必要があるんです。」
延々と続く言葉を聞きながら、次第に胸がざわついてきた。結論は最初から決まっている。彼女は「英会話コースへの入会」を迫るために、この場を設けているのだ。
用意されたパンフレットには、決して安くはない金額が並んでいる。
「……すみません。自分は入会できません。」
「でも、今なら入学金が免除になります。ここで決断すれば、未来が変わるんですよ。」
そこからまた、勧誘の言葉が先ほどと同じように続く。どう考えても、ここから就活に役立つ話が展開されるようには思えなかった。
「何度言われても、そんなお金はないですし、入れません。」
はっきりそう告げると、女性は一瞬沈黙し、少し引きつった笑顔で言った。
「そうですか。では、今日の時間は無駄になってしまいましたね。」
その一言に胸を刺された。
予定をやりくりして来たのはこちらなのに、なぜ自分が「無駄」扱いされなくてはならないのか。
私はもやもやした気持ちでその会場を後にした。
* * *
後日ネットで調べると、その会社の名前はすぐに出てきた。
「悪質商法」「学生を狙った勧誘」と赤字で書かれた投稿が並んでいた。やっぱりそうだったかと苦笑する。
押しに弱い学生だろうか、実際に入会してしまい後悔している声もネットにはあがっていた。
大学のパソコン室を出た私は、歩きながらあの日のことを思い出していた。
もちろん怒りもあったが、それよりも心に残ったのは、あの女性の表情だった。
就職活動に必死な学生に「英語力が足りない」と不安を植え付け、高額なコースを勧め続ける。
あの人は、本当にそんなことをしたくて就職したのだろうか。
あの人の親御さんは、娘が就職できたと聞いたとき、きっと一緒に喜んでくれただろうと思う。なのに、その仕事で良いと本人は思えているのだろうか。
私と年がいくつも違わないように見える彼女の姿が頭から離れない。
笑顔を貼り付け、予定を組んで、断られれば「時間を無駄にした」と吐き捨てる。
彼女も他の学生と同じように就活をして、ようやく得た仕事がそこだったのだとしたら。
私が思うよりもずっと、窮屈な鎖に縛られているのかもしれない。
「……悲しいな。」
ぽつりと声が漏れた。
——ここで決断すれば、未来が変わるんですよ、か。
あのお姉さんの言葉を思い出す。
私はこれからも、きっとまた理不尽なことや不安な出来事にぶつかるだろう。
でも、せめて誰かをだます仕事だけはしたくない。時間を奪うのではなく、少しでも誰かの役に立つような働き方を見つけたい。
夕暮れ時の大学の正門を後ろ手に、胸の奥に小さな決意が灯るのを感じた。
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。