壊れたランプと月の光【創作】
霧の深い森を、男がひとり歩いていた。
口数は少なく、顔つきは風雨に焼かれたように荒れている。古びたランプを片手に、地を踏みしめるように進む。
枝が顔をかすめても気にしない。
地図はない。頼りは、勘と足の感覚。
ランプの火が、ふと揺れた。男は立ち止まり、油の残量を確かめる。まだ、少しは残っている。
だが、またたく間に炎は細くなり、そのまま、音もなく消えた。
濃い霧のせいで、闇がいっそう重くなる。
男は舌打ちひとつ。
懐にランプをしまい、夜目を頼りに歩き出す。
引き返す道がなくなろうと、どうせ後には戻れない立場だ。
しばらくして、足元の感触が変わった。
腐葉土ではない。踏み締めたのは、石。
ふと、酒場で聞いた話を思い出す。
「霧の森を抜けた者はいない。だが、もし抜けられたなら──今は失われた、古代の遺物が……」
酔いどれの戯言だと笑った男たちのなかで、男はひとり、黙って聞いていた。
おとぎ話にすぎないかもしれない。
しかし、何もないところから物語が湧いて出るものか。
頭を上げると、霧の向こうに、月明かりが木の葉の隙間をすり抜けて、小道の形を浮かび上がらせていた。
「……灯りがあるうちは、気づかなかったな。」
歩みは止めず、独り言のように低くつぶやく。
やがて霧が晴れ、木々が開けた。そこにぽつりと現れたのは、石で組まれた古い門。崩れかけた遺跡が、月の光のもとに佇んでいた。
男は足を止めた。額の汗を手の甲で拭い、壊れたランプに一瞥をくれる。
「……役立たずも、たまには仕事をする。」
唇の端が、わずかに上がった。
ここに眠るのは、宝か、はたまた名誉か。
願わくは、命とともに持ち帰りたいものだが。
一瞬、幼いわが娘の顔が頭をよぎる。
……そしてまた、歩みを進める。暗闇の奥へ。
月の下、静かに、ゆっくりと。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。