どうしてほしいの【創作】
小学校三年生の、はじめのころの話だ。
私は、自分で言うのもなんだけど、性格があまりよくなかった。正しくないと思ったことは、そのままにしておけない。言わなくてもいいことでも、言わないと気が済まない。
同じクラスに、名字は忘れたが、「竜也」という名前の男子がいた。彼は、いわゆる養護学級に通うなんらかの障がいを持った子だった。
授業の一部を、別の学級で受けていることがある子。その年の担任の先生は女性で、ことあるごとに彼の話をした。
「ちょっと忘れ物が多かったりするけど、彼の場合は仕方がないの。仲良くしてあげましょうね。」
やさしい言い方。クラスのみんなも、うなずいていた。でも、どこか引っかかる言葉だった。
担任はとにかくその男子を甘やかした。名を呼ぶときは「竜也ちゃん」と呼び、彼は忘れ物をしても怒られないし、宿題をやってこなくても叱られない。
「いいのよ」「大丈夫よ」と言って笑う担任の顔は、クラスから少し浮いていた。みんな同じ場所にいるのに、竜也だけがひとり、違う扱いを受けているようで。
クラスの仲は、悪くなかった。男女混ざって、普通に話すし、普通に遊んだ。困っている子がいれば、誰からということもなく手を貸した。
そういうのは、当たり前だと思っていた。だからこそ、竜也への担任の対応が、余計にわからなかった。
あるとき、いつものように竜也が忘れ物をした。その前の席替えで、私は彼の隣になっていた。別にそれは、問題ない。
授業中、彼が小さな声で言った。
「教科書、忘れた。」
それだけだった。私は少し考えてから、答えた。
「忘れたから、どうしたの。」
彼は何も言わなかった。こっちを見ているだけだった。
家でのことを、思い出していた。
ご飯のとき。「お箸」とだけ言って手を出すと、母は必ず聞き返す。「お箸がどうしたの?」と。「取ってほしいなら、ちゃんと言いなさい」と。
それが普通だと思っていた。
「忘れたから、どうしてほしいの。」
もう一度、私は言った。今度は少しだけ強めに。
「教科書、忘れた!」
彼は眉を寄せて、今度ははっきり言った。それでも、言葉は続かない。私は待った。その言葉だけでは、真意がわからないじゃないか、と思った。クラスメートはみんな友達だ。だから、他の友達とも同じように対応しなきゃ、おかしいと思った。意地になっていたと思う。
教室の中が、少しだけしんとしていた。
やがて、彼は泣きそうな顔をしながら、教壇の方へ、担任に言いつけに行った。
「どうして竜也ちゃんに意地悪するの!」
担任の女性教師は、強い声でそう言った。私は座ったまま、はきはきと声に出して言った。
「教科書を忘れたと言われたので、どうしてほしいのか聞きました。でも、答えてくれませんでした。」
それ以上は、何も言えなかった。先生がそのあと何を言ったのか、竜也がどうなったのか。細かいところはもう覚えていない。
ただ、教室の空気が、そこで少しだけ変わっていたことだけは覚えている。
その日、家に帰ると母がいた。先生から電話があったらしい。母に竜也とのことを聞かれたので、私はあったことをそのまま伝えた。
「まあ、あんたの気持ちもわかるけどさ。」
そう言って、私の頭を軽くぽんっと叩いた。
「見せてほしそうなら、『見せてほしいって言うんだよ』ってその子に教えてあげりゃよかったんだよ。」
別に褒められはしなかったけど、怒られもしなかった。私は少しだけ、胸をなでおろしていた。
私が住む団地は、評判がよくなかった。「あそこの家の子とは遊ぶな」と陰で言われているのを、知っている。この家で育ったというだけで、どうして……と思うこともあった。
昔。私たちの特定地域の、団地住みの人間にだけ、補助金かなにかの手当てが出る話があったと聞いた。私が幼稚園のときらしい。
そのとき母は「望んでいないことを勝手にするな」と啖呵を切って反対したと聞いた。「私たちだけ優遇、は逆におかしいだろう」と。
それで、立場を悪くした部分はあったと思う。それでも母は、気にしていなかった。
私は、その話を思い出すことがある。あのときの教室の空気と、どこか似ている気がして。
自分が間違ったことをしたとは思っていない。でも、あのときのことを、うまく説明することもできない。
竜也が泣きそうな顔をしていたことも、先生が少し困ったように私を見ていたことも、歪んだ教室の空気も。はっきり覚えているのに。
『教えてあげりゃよかったんだよ』
母の言葉が戻ってくる。教えるって、どういうことだろう。
見せてあげることと、言わせることと、教えること。その違いを、あのときの私は、ちゃんとわかっていたんだろうか。
春になると、たまに思い出す。
教科書を忘れた男の子と、どうしてほしいのかを聞き続けた、あの日の自分のことを。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。