社会浄化支援活動【創作】
病院にも役所にも似た、薄白い待合室だった。整理番号だけが光っている。
【A-148293】
軽く辺りを見回した。誰も騒いでいない。
記憶は鮮明にあった。自分は、死んだ。だから、今は人生が終わったあとのなんらかの手続きを待つ時間だと理解していた。死後って、もっと混乱するものだと思っていたが。
受付カウンターの女が、淡々と俺の名前を呼んだ。
「お疲れさまでした。生前のポイント照会を行います。」
少し笑った。
「え、やっぱそんなのあるんですか。」
女は端末を見る。
「はい。」
無機質な声。合成音声だと言われても信じてしまいそうな。
「生前の累積ポイントが──。」
間。
「483,221ポイントです。」
思わず吹き出した。
「うわ、マジか。」
胸が少し熱くなる。
483,221。見覚えのある数字だった。今は手元にないが、スマホの青いアイコンが頭に浮かんだ。
「SOCIAL CLEANSE」。通称、クレンズだ。
社会浄化支援アプリ。違法営業の通報や、差別発言の報告。迷惑行為の共有に、問題人物への注意喚起。社会改善活動を可視化して、善行を評価する国家認可のサービスだった。
ポイント上位者には特典があった。税制優遇に、住宅ローン金利優遇。果ては公共サービス割引にまで及ぶ。
この累計ポイントは、利用者の上位3%だった。会社の同僚からは「意識高いっすね」と笑われていた。
だが数字は数字だ。善行は積み重ねなのだから。
483,221。
一字一句違わない。俺は少し安心した。
なるほどな。死後審査、ってこういう感じか。結局、ちゃんと見てくれてるんだな。しかし、現世のシステムと連動していたとは、恐れ入った。
思わず、笑みが漏れる。受付の女が、書類をめくった。
「このあとのお客様の行き先を、確認しますね...…。」
その口から結論が出るときも、女の表情は全く変わらなかった。
「……地獄行きですね。」
笑ったまま、顔が固まる。
「……は?」
聞き返しても、女は顔を上げない。ほんの少し、声を大きくして彼女は繰り返した。
「地獄行きです。」
「いやいや。」
気付けば、俺が発するのは乾いた笑いに変わっていた。
「上位3%のポイント保持者ですよ?」
「はあ。」
「善行ポイントですよね?」
女が初めて顔を上げた。このときは、少しだけ怪訝そうだった。
「善行……?」
端末を男の方へ向ける。画面上部を示していた。
【累積業点:483,221】
眉が動くのを自覚する。
「……業点?」
「はい。」
「いや、待って。」
「これ、クレンズの──」
「ええ、連動しています。」
俺は、ほっと息を吐く。
「でしょ?」
「はい。」
女は、言った。
「完全連動です。地上で獲得した『社会制裁参加ポイント』は、死後審査において業点として換算されます。」
沈黙。数秒の間、理解できなかった。
「……換算?」
女が端末を操作する。履歴が開く。
「教師の暴言に関する情報共有。A市のいじめ事件に関する加害者の情報提供。SNSの情報提供者がアップした投稿の拡散……。」
すべて、身に覚えがある。しかし、それは現世では正義だった。悪行を知らしめ、世を正すための善意の行為だった。だからこそ、評価されてポイントが貯まったのだ。
「そんなの、みんながやっていることです。これで地獄行きと言われても、納得がいきません。」
女は、心底つまらなそうにため息をついた。
「対象の人格破壊への参加回数、拡散規模、愉悦反応率が基準値を超えている、というだけの話です。」
背中が冷えるのを感じた。女がまた、履歴をスクロールする。
「加害者勤務先の特定スレッドへの参加、こちらも……。」
「……それは。」
「『社会から消えろ』『家族ごと報いを受けろ』そんなコメントへの高評価。」
喉が詰まる。覚えている。炎上の夜だった。俺は仕事で厄介ごとがあって、ビールを飲みながら、スマホを見ていた。コメント欄は祭りだった。
自分は、加害者の住所を直接書き込んだわけじゃない。脅迫をしたわけでもない。ただ、「並んでいる罵倒に賛同して、自分もひとつ石を投げただけ」だ。
その投稿への高評価と、アプリ上からの報告には、いつもより多くポイントがついた。それが、正直嬉しかった。
「ポイントが連動しているのは、ふるいをかけるのにちょうどいいシステムなので転用しているだけですよ。」
「だったら!」
俺は怒りで声を荒げ、整理番号が手の中で歪んだ。震えた手は、怒りだけによるものなのかはわからなかった。
「そんな情報ばかりを発信し続けている、インフルエンサーはどうなる。俺は、ただ乗っかっただけだ。そいつらの方が、よっぽど……。」
悪質な切り抜きやデマ情報で、虚偽の発信をした場合にはポイントがマイナスになる。俺は何度か騙され、拡散してしまったことがあった。そんな場合、俺は元の発信者を悪質だと通報し、失ったポイントを取り戻すようつとめた。
「ああ……。情報の転売屋のことですね。誰かを貶める話題を積極的に発信し、世間を騒がせて収入を得る者。」
女の態度は、それでも変わらない。
「彼らは、ポイントにかかわらず『地獄行き』ですので、ご心配なく。」
女は、次の番号を読み上げた。
俺とのやりとりは、終わりということらしい。赤い灯りがともる扉への道が、俺の前に続いていた。
そこにしか道はない。いつから俺の行く末が決まっていたのかは知らない。しかしとにかく今は、そちらに向かうより他に、選択肢はないようだった。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。