あの日の発車時刻【創作】
三十五歳の私へ。
もし今の私を笑いたくなったなら、十五歳の日記を読んでからにしてほしい。二十五歳の私は、過去の自分をどれだけ裏切らずに生きられるのだろう。
「うれしいよ。」
彼は、それだけ言った。きっと、そう言ってくれると信じていた。
彼の方も、あのとき離れたくなかったんだと思った。だからこそ、会いに来た私を肯定してくれたし、迎え入れてくれたのだ。
一歩を踏み出す勇気を出せたのは、背中を押してくれた友人の存在も大きかったように思う。
本当は脆いくせに、当時は目を逸らしていた。自身の強さを妄信していた、と言ってもいいかもしれない。
若かった私は、新幹線の切符を片道分だけ持って、改札に足を踏み入れた。
少しだけ来るのが遅れたけれど、彼は私を受け止めてくれた。
彼のシャツからは、離れる前と同じ匂いがした。洗い立ての柔軟剤の匂いに、少しだけ煙草が混じる。離れる前の時間が、離れた後の時間を引き受けていた。
カーテン越しに光が零れる床と、扇風機の風が優しく届く空間。
目が覚めて終わると思っていた夢が、そこでまだ続く。ゆっくり積み上げた時間が、これからもずっと。
離れることなく隣で延々、時を紡いでいけると信じられた日々だった。
でも、ふとした瞬間に、感じることはあった。私が話しかけたときの彼の戸惑うような表情。テレビの方を見ながら、私の作った料理をついでのように口に運ぶその姿。どこかに、綻びはあった。
気づいていたことを、気づかなかったことにし始めたころには、流れる時間の中に、幸せの文字を見失っていたように思う。
思ってもいない汚い言葉が部屋に増えたし、私の顔にはときどき痣もできた。よく泣いたと思う。最初は、ただ悲しいから泣いていた。でも途中からは、彼が困ることがわかっていて泣いていた気がする。
別れを切り出したのは、彼の方からだった。
「好きだよ。でもこういうの、やっぱ続かないよ。」
遅れて責任の重さに気づいたのか、最も近い存在になったことで、私の嫌なところが目につくようになったのか。
彼の携帯のロックを何度も外そうとしたことも。寂しいからと、彼の職場への電話を繰り返したことも。関係あったのだろうとは思う。
結果、私の籍は汚れなかったし、子どもができたわけでもない。
私は相手に、理由を求めた。縋る意味なんてないのに、何度も声をあげた。わざわざ会いに来た自分の足跡と、受け止めてくれた彼の両腕を、否定したくなかった。
でも、彼には他所に「私よりも年の近い女」がいた。私は感情を顔から消した。ただ、顔も見たことのないその女だけが、世界中でただひとり、不幸になればいいと思っていた。
実家に戻ったとき、家族は多くを聞かなかった。でも、それがいたたまれなさを増幅させていた。
当時は、それはもう彼を恨んだ。好きだった分だけ、憎らしかった。
一方、背中を押してくれた友人は彼氏とうまくやっており、水を差すようでとても相談できなかった。
彼と一緒にいた期間は、半年にも満たなかった。それなのに、生きてきた十五年のほとんどを、あの恋に差し出したつもりでいた。
初めて理解したのは、数年後だった。
あれは、捨てられたんじゃなく、戻されたんだ。
そうに違いない。そう思わなければ、救えなかった。
あのころの、十五の私を。
私はあのころの日記を読み返していた。今と同じような筆跡が、軽やかに踊っていた。眩しくて、真っ直ぐだった。でもその分、不器用で、向こう見ずだった。
成長して、嘘を知ったり、騙されたり。疑われたり、嫌われたり。そのたびに、私の心は、少し歪んで、固くなっていった。
あれから、十年。私はあらためて今の気持ちを、今日の日付の日記にしたためていた。
思い出の美化ではなく、解剖だ。あのあとの、実際の結末は泥だらけだった。依存に支配。怒りと後悔。顔の傷と、苦しい生活。
一番堪えたのが、会話の無い沈黙だった。
それでも、私が日記に書いていた「あの頃」の思い出は、どのページを開いても、きれいだった。汚いことは、ひとつも書かれていなかった。
汚れた終わりがあろうとも、最初の純粋さまで嘘にしたくなかったから。
会いに行った日のことは、誰にも責められないくらい、きれいな記憶。相談した友人の背中を押す手は優しく、両親にはメールを打たずに、置手紙を残した。
そのせいかどうかは知らないが、あとで父が電話で話した声は、怒気を含んではいなかった。
ほっとした。勇気を出して、よかった。そう思えた。
だから私は、あの日から壊れ始めたなんて、長いこと認められなかったのだ。
十年経った今もなお、身体から抜けていない。洗面台に落ちたファンデーションの粉を、指でなぞる癖だけが残った。
「うれしいよ。」
彼は、それだけ言った。
高校進学を心配する言葉も、年の離れた女子を引き受けるためらいも、ふたりで生活していく責任も。そのひとことからは、汲みとれなかった。
ずっと年上だけど、彼も純粋なだけだったのかもしれない。
日記に残された彼のセリフは、今になったからこそ、思うところはある。十年経った今では、全然違って読める。
彼は、冷蔵庫にいつも、私の好きなプリンを入れてくれていた。痣を作った翌日には、湿布を買ってきてくれることも多かった。
「貼ってやろうか。」
そう言われたけど、結局私はいつも湿布を自分で貼った。節くれだった手が顔に近づくと、身がすくんでしまうから。
「これでよかったのかもしれない」と信じたあの日の一瞬は、もしかしたら、永遠のものになるかもしれなかった。
でも、現実から抜け出そうと、家を出て直面したのは、結局は別の種類の現実だった。その生活が始まってからは、埋まらないものだらけだった。
テレビが砂嵐の時間になるまで、私は彼の帰宅をひとり待った。スーパーでは、安いもやしばかりを買うようになった。冷蔵庫のプリンは、減らなくなった。
つい最近のことだ。
父の部屋を、母とふたりで掃除したとき。ふと整理のために覗いた引出しから出てきた、折り目のついた黄ばんだ紙。その手紙の筆跡は、今書いている日記のものと同じだった。
私の「絶対幸せになるから」の言葉は、破り捨てられることなく、十年経っても父の引き出しにあった。
父の手のかたちに握り込まれた皺を見て、私は引出しを閉めることしかできなかった。
あの恋は本物だった。十年前は、間違いなく。
今は、揺らぎの中で、本物だったと信じたいと思っている。あの場所に立っていた自分を、否定することはできないし、したくない。
十年後の私は、今の私を見て、自信を持って笑えるだろうか。
私の中の本物を、抱えて倒れずに生きていられているだろうか。
閉じた日記の一ページから、はらりとなにかが床に落ちた。
新幹線の、乗車券の半券だった。インクは薄れて、発車時刻はほとんど読めなくなっていた。
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。