鈍色の眼【風まかせ文芸部 / 瞳】
生まれながらにして人は、「鈍色の眼(にびいろのめ)」を持たされる。
その眼は世界を映し出すと同時に、中央監視局へと視界を送信し続ける装置だった。
眼の処置に同意して社会へ貢献すると補助金が出るため、多くの親は生まれた子に眼を与える道を選んだ。もちろん、裕福さゆえに監視を嫌い処置を拒む者もいれば、孤児など同意が得られず「眼無し」として育つ子も一定数いた。
ヒカリは、その「眼無し」のひとりだった。彼女の両親の世代では、監視に抵抗感を持つ家庭もまだ多く、あえて処置を受けさせなかったという。
しかし、クラスの大半は鈍色の眼をもっていた。
「眼持ち」は見て判断がつくため、少し浮くことにはなる。
とはいえ、普段の生活で親も配慮してくれていたし、眼の定期メンテナンスで病院にかかる必要が無いこともあり、ヒカリは高校生活で特に困ることはなかった。
運動が得意で、数学の苦手な普通の子。それが周りからの彼女の印象だ。
そんなある日、ヒカリは人気の少ない公園の脇で、不審な男に声をかけられた。普段なら下校時は友人と一緒だが、この曜日、彼女は習い事のため一人で帰ることになっていた。
「鈍色の眼」をした、三十代くらいの男。背はヒカリより高く、がっしりとはしていないものの、口元には不敵な笑みが浮かぶ。視線が、どこか狡猾に光る。
「おまえ、眼を持っていないよな。……ちょっと前から、見かけてたぜ。」
前から...…。
狙われていたということだろうか。ヒカリの鼓動が早くなる。足はわずかに震え、両手で抱えるカバンを持つ手にきゅっと力が入る。
しかし鈍色の眼は、社会の、相互監視のためにあるもの。
「私になくても。あなたに眼があるなら...…悪さをしたら、中央の映像から、警察はきっとあなたを捕まえるわ。」
ヒカリは、後ずさりしながら伝える。
男はくっくっと笑い、ヒカリの片腕を強くつかんだ。公園の街灯が一瞬ちらつき、心拍の音が耳の奥で響く。
「普通は、そうだな。」
ヒカリは即座に察した。男の眼の鈍色は偽物。色だけを似せたダミーだ。「眼無し」の犯罪者が、油断を誘うため使う手口。
その瞬間、ヒカリは拘束されていない方の手をポケットに入れ、隠し持ったスプレーを男に噴射した。声にならない悲鳴をあげひるむ男の顔を確認し、体幹を引き込む。
股関節から回すように膝を上げると、膝蹴りが鋭く男の腹部に吸い込まれ、続けて放ったローキックが男の足元をさらう。
男の体躯が、一瞬置いてその場に崩れる。
お互い眼無し状態なら、中央監視局の映像には何ひとつ残らない。すぐさま後退し、ヒカリは携帯電話を取り出して耳にあてた。
「……お母さん? ……ええ、警察を。大丈夫。北公園よ。ムエタイの先生には、少し待ってもらって。」
まったく、「眼無し」もこんなときばかりは楽じゃない。
でも、どこかへ送られていくみんなの視界と違って──。
私の視界は、私の瞳は……私だけのものだ。
ヒカリは男の方を一瞥し、颯爽と帰路への道を駆けた。
※以下の企画に参加させていただきました。
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