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甘さのあと、残るもの【せりふ三題噺 / 木枯らし通行止め和三盆】

四条通を抜けるまでに、三度ブレーキを踏んだ。平日の午後だというのに、祇園の辺りは観光客でぎゅうぎゅうだ。

俺は両手に力を込めて、ため息をひとつ漏らした。

マスクをすることもなくなった人たちは、嬉しそうに肩を寄せ、写真を撮り、狭い歩道からはみ出て車の流れをときどき止める。観光客が戻ったとは人づてに聞いていたが、実際に目の当たりにするのは久しぶりだった。

賀茂川を渡り、嵐山の入口が近づくと、車窓のざわつきはさらに増した。渡月橋のあたりは人で黒く揺れ、国籍の分からない声が幾層にも重なっている。

──嵐山って、こんなんやったかなあ。

あれから数年、街は「元に戻った」のだろうか。それとも、別の「何か」に変わってしまったのだろうか。

そう思いながらハンドルを切ると、道は少しずつ細くなり、観光バスの影が消えていく。山に入る頃、窓からの風が強くなった。乾いた枝を木枯らしが揺らし、道に枯葉を転がしていく。

京都の秋が終わるときの、いつもの匂いがふっと鼻をかすめる。この頃には、さっきまでの喧騒が噓のように遠のいていた。

* * *

ここから先に、祖母が晩年まで営んでいた小さな茶屋がある。

寺の参道から少し外れた場所で、観光客が帰りに立ち寄るような控えめな店だった。祖母が亡くなってから、そのまま残されていると聞いた。

祖母の茶屋はもう閉じられていて、あの和三盆の菓子ももう食べられない。それでも、最後に会ったときに告げられた言葉だけは、風が吹くたび胸の中で立ち上がった。

「また来年も、木枯らしが吹いたらおいでや。」

忘れていたわけではない。生活に押し流されて、気づけば冬を何度も越していた。

祖母の店の近場の寺で開催される、紅葉茶会。和三盆の菓子つきで、参加費1500円だという。そんな告知をネットでみかけて、気づけば休日に車を走らせていた。

──俺は、何を求めてるんやろ。

別に、律儀に祖母との約束を守る強い意志があったわけではない。離れた地での生活の中で、急に京都への郷愁が現れたわけでもないはずだ。

ただ家を出る前に、職場での些細なごたごたの件でのやりとりが、脳の奥で響いていた気はする。

前方で車が止まった。黄色いバリケード。「倒木のため、通行止め」と雑に貼られた紙が揺れている。風の音が大きくなり、行く理由さえ揺らぐ気がした。

──おいおい、来んなってことか?

それでも、戻る気にはなれなかった。車を置き、迂回路を歩きはじめる。山道を踏むたび、祖母の茶屋の縁側が思い出された。茶屋での、客や祖母の小さく笑う声が、過去の記憶とともに風に混じって耳に届く。

寺の灯りが見え始めた頃、空は群青に沈み切っていた。紅葉のライトアップが始まっている。

だが、そこにあったのは、記憶の中の幽玄な紅葉ではなかった。

木々を照らし出す強い光。その妙に鮮やかすぎる色。プロジェクションマッピングで大きな模様が建物の壁面に映し出され、周囲には観光客の長蛇の列。人々は歓声を上げ、スマホ越しに景色を追い回す。

より華美で絢爛な光を求める者たちは、チケットを購入し奥の門に吸い込まれていった。

思わず足を止めた。胸の奥がぎゅっと縮む。
「趣」、「風情」、「侘び寂び」……。
いくつかの言葉が、喉の奥で引っかかるようだった。

──これが、いまのこの寺なんか……。

寂しさなのか、呆れなのか、自分でも判断がつかなかった。だが同時に、思ってしまう。

では、自分は昔の静けさを、味わい深さを、本当に理解していたのだろうか。侘び寂びなんて大それたものを、知っているつもりだっただけなのではないか。

胸に浮かんだその問いが、風の冷たさよりもひりついた。

* * *

ライトの向こう、小さな影になった場所にようやく茶屋が見えた。もちろん、戸は閉じられている。しかし近づくと、かすかに白檀の香りが漂った。祖母が、最後まで好んで使っていた匂い袋の匂いだ。

その香りは、小さい頃の記憶を思い起こさせる。山道のほどよい人の流れ。ぎゅっとにぎった、母の手の温もり。物悲しくも、凛とした空気。

心地よい疲れの中、寺の境内で供される茶会の会場にたどり着く。湯呑みと、干菓子をひとつだけ受け取り、敷かれた赤い毛氈の端にそっと腰を下ろした。周囲ではまだ歓声が上がっていたが、ここだけは少し、別の時間が流れているようだった。

和三盆の干菓子を口に含むと、瞬きをする前に溶けてしまった。この儚さが、たまらなく懐かしい。

そのとき、不意に祖母の声がよみがえった。

「あんな奴やめとけよ。」

いつ言われたかも忘れていた。何故、思い出せたかもわからない。
心臓が少しだけ早くなった。手にしている湯呑みの湯気が、そのときも目の前にあった気がする。

会社の上司のことで、どうしようもなく参っていた頃。祖母はそれ以上、何も聞かなかった。俺も詳しく状況を話した記憶はない。ただ、顔色を見ただけで、その一言を置いていった。

やめや。やめとき。やめたらええ。そのどれとも違う。口調の優しい祖母にしては、強い言葉だったのが印象的だった。

あれから、どれだけ時間が経っても。なぜか自分の中に、残り続けていた言葉。

もしかしたら、あのライトアップも、あの喧騒も。いずれは風にさらわれて消えていく「残らぬもの」なのかもしれない。

けれど、変わってしまったものばかりの京都で、こうして変わらず残るものもきっとある。言葉の余韻に、木枯らしの音。そして、祖母の気配も。

風が頬を撫でた。涙なのか、乾いた空気なのか、わからない。ただ、今年もここに来られたという事実だけが、静かに体温を持つ。

ライトに照らされる紅葉の下で、俺はひとり、そっと目を閉じた。

口の中の和三盆の甘さは、跡形もなく消えている。けれど、その香りはふわりと胸の奥に残っていた。


※以下の企画に参加させていただきました。


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。