陽だまり【創作】
庭先のコンクリートに、蜂が落ちていた。
羽をひらいたまま、動かない。けれど死んではいないらしく、ときどき脚だけが小さく震えた。
からだが少し大きい。群れから外されたのだろうか。社会性の強い昆虫は、ときに合理的で残酷な判断をすると、そう聞いたことがある。
もちろん、単純に老化や病気で巣に戻れなくなっただけの個体かもしれない。羽は損傷しておらず、きれいだった。けれどそれを目にしたとき、私の胸をすっと風が通る感覚があった。
「さむいのかな。」
息子がゆっくりとしゃがみこむ。いつものように、膝を折る前に右足の位置を確かめながら。私はそんなとき、息子から目が離せなくなる。心配し過ぎだと夫に笑われても、この癖は抜けなかった。
息子は小さな両手で、影をつくって蜂をのぞきこんだ。朝の光はまだ低い。四月の風は、明るい空の色に反して、冷たい。
「おひさまのところに、してあげよう。」
その言葉に、私は微笑む。掌にのせることはできないから、落ちていたきれいな葉をひとつつまみ上げた。そっと差し入れて、その上に蜂を移した。脚は震えていたが、威嚇する様子はなかった。
息子に手渡すと、ひどく慎重に、宝物でも運ぶみたいに庭の端の陽だまりまで歩いた。
私はその背中を見ていた。
この子は、弱っているものを見つける。誰も気づかず通り過ぎるものに、すぐ気づいては、立ち止まった。
「おうちで飼えない?」
振り向かずに、息子が言った。
私は少しだけ黙った。蜂のからだの鈍い動きで、もう長くはないとわかっていた。暖めても、砂糖水をやっても、きっと夕方までもたない。
それでも……。
「どうかな。いまは、ここがあったかいね。」
そう言って、しゃがんだ息子の肩を抱いた。
抱いたのは、息子だったのか。それとも、何ひとつ守りきれない私自身だったのか。
「ほら、そろそろ出かける時間だよ。」
息子が蜂へ伸ばした指先は、途中で小さく震えていた。
息子はしゃがむのに少し時間がかかるのには、理由がある。玄関には午後の予約票が置いたままだった。月に二度の外来の日だ。
蜂のところから動かず、息子はじっと、座り込んで観察している。
この子は十年後、ひとりで日向を選べるだろうか。そんなことを考えてしまう自分を、私はいつも恥じる。
少なくとも、ここから離れて外の風に向かう日までは。
私の手は、まだ離せない。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。