駆けろ!【風まかせ文芸部 / 馬】
そなたに、馬を与えよう。どこまでも、駆ける力を。
その言葉は、祝福だ。光あふれるこの世界。
ああ、誰もが待ち望んだ麗しき声。
それを聴いた者の名は、瞬く間に人の世に轟く。
与えられない者もいる。
数多の中から選ばれて、選ばれぬいた者だけが、その声を聴く資格を得る。
背中には、見えない未来。
何もまだ成しておらずとも、後光と十字を携えて。
羨望、嫉妬、憧憬、期待。重い想いとこぼす間もなく。
その地を蹴れば、世界は縮む。
時間が追いつけなくなれば、空間はただ置き去りにされる。
走った分だけ眠りは浅く、休むことにも大義を求める。
その食事の味は、目的を果たすのに必要なものか。
その作業は時間をかけて、やらねばならぬものなのか。
迷う分だけ、戻れる場所は減っていく。
手綱をひけばひとつ。周りを見回せば、またひとつ。
与えられなかった者とは、景色が違う。
だからこそ、その馬を。誰もが欲し、得ようとするのだ。
ただし、与えられれば、決めねばならない。
乗るか乗らないか、その場で決断を迫られる。
ひとたび乗れば、たどり着かねばならない。
その先が果たして、どこであれ。
馬は決して、止まらない。
決められた場所にたどり着くまで。
……いや、決められた場所を通り過ぎても。
どこまでも、馬は減速しない。
その馬は、達成を終点とは認めない。
選ぶということは、そういうことだ。
そうだろう?
生まれるときに、自身のその手で。
珠玉の才覚を持って駆けるか。
凡庸の道を、歩いて進むか。
決めたのは、そなただ。
走れば、止まらない。
振り落とされないための力など、誰も与えない。
与えられるのは、あくまで馬だけ。
そして多くの者は、速く走ることが、自由だと信じている。
信じたまま、落ちていく。
落ちた者がいる。
かつてのその速さを、誰も口にしなくなった者だ。
まだ駆けている者がいる。
止まる理由を、持たないままの者だ。
歩くと決めたはずなのに、夜ごと、馬を懇願する者がいる。
一度きりだと、分かっていなかった者だ。
そして──。
今、駆けているかどうかも分からない者がいる。
思い出せ。
母から生まれる、少し前を。
鐙を踏んだ覚えはないか。
手綱を取った覚えはないか。
その声を、聴いた覚えはないか。
そなたに、馬を与えよう。どこまでも、駆ける力を。
思い出したなら、疑うな。
駆けろ!
※以下の企画に参加させていただきました。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。