ガラスの街の影絵祭【創作】
その街は「ガラスの街」と呼ばれていた。
建物は透きとおる素材で作られ、昼間は太陽の光を浴びて輝き、夜になるとどの家の灯も外に漏れ、道を歩けば住人の影が壁の向こうに揺れて見える。よそ者にとっては、美しい劇場のような街だった。
ある日、旅人のグラシオは、街の中央門で配られているビラを受け取る。
『影絵祭開催! 誰でも参加できます。あなたの影を街に映してみませんか?』
大きくそう書かれていた。それ以降は、この街の住民になる人向けの情報が並んでいた。
グラシオは胸が高鳴った。
影絵は昔から好きだったし、それを通して物語を描くのも得意だ。何より「誰でも参加できる」という言葉に、純粋な期待を抱いた。
街に踏み込み、彼は宿屋の主人に尋ねた。
「影絵祭、本当に外の人間でも参加できるんですか?」
「もちろんですとも!」
主人はにこやかに頷いた。
「ビラがたくさん配られていたでしょう? 外の方にも広く知っていただきたくてね。あなたも、ぜひ、他の方にこの祭りを教えてあげてください!」
そう聞き、グラシオは安心した。しかし、街のどこかに漂う、見えない膜のような違和感は拭いきれなかった。
* * *
影絵祭の前日。
参加者は街の大聖堂みたいな「ガラスの大広間」に集められ、影を投影するための「影灯」が配られた。渡された影灯を手に取った瞬間、グラシオはひやりとした冷たさに眉を寄せた。
他の参加者が持つ影灯は温もりを帯びているのに、彼の影灯だけはまるで空気を拒むように、光を吸い込んでしまう色をしていた。
悪く言えば、くすんだような……。
「なぜ僕のだけ、色が違うんです?」
グラシオが聞くと、配布係の女性は曖昧に笑う。
「いえ、仕様ですので、ご安心を。他の街の方には、こちらの灯を使っていただくこととなっております。」
ご安心を──その言葉だけが、妙に耳に残った。女性の笑みは柔らかいが、奥にうつる瞳は、どこか心の色を感じさせないものだった。まるで「それ以上聞くな」と言われているような……。
街の者かそうでないかで「区別」する仕組み。開催後に、統計でもとるためだろうか……?
グラシオは影灯を握り直す。冷たさは消えない。むしろ、手のひらの熱さえ奪っていくような気がした。
大広間へ向かう廊下の壁には、歴代の影絵祭の受賞者一覧が飾られていた。グラシオは歩きながら、何気なく視線を滑らせる。
金の額縁に収められた無数の名前。そのどれもが、ガラスの街の人間の名だった。
「……全部、ここの住民だけなのか。」
思わず足を止める。だが次の瞬間、彼は首を振る。
でも、今年は違うかもしれない。なにせ、街の内外を含め多くの参加者が集うイベントなんだから。
淡い期待を、小さく自分に言い聞かせていた。
* * *
ちょっとした疑念を抱きながらも、グラシオは影絵をつくりはじめた。ガラスの街の夜では、街を囲む透明な壁が、月の光を抱え込んで幻想的にきらめいていた。
グラシオが用意したのは、物語を象徴する狐と星、そして旅人のシルエット。影灯の前に手をかざし、角度を調整しながら影を壁に落とすと、予想以上に美しい形が生まれた。
頭の中で、ストーリーが広がっていく。言葉を使わなくても、影の線だけで、観る者の心へ届くメッセージを込めた。巧みなワザで、ときに暴れるように力強く。そして、ときに祈るようにたおやかに。
──やれる。これなら……。
その確信とともに、彼は祭り本番を迎えた。
* * *
影絵祭は、街の中心にある巨大なガラス広場で開催された。参加者の影は一斉に壁へ映し出され、まるで何百もの物語が街の表面に刻み込まれるようだった。
グラシオの番が来た。
彼は影灯に火を灯し、影を作ろうとした──が。
影が、映らない。
まるで光そのものが壁に吸い込まれるように、彼の影だけが、ガラスに落ちないのだ。
ざわ……と周囲がざわめく。審査員たちは表情を変えず、事務的に告げる。
「ええと……あなたは、街の人間ではありませんね。外部参加者の影灯では、街の壁に投影されない仕様となっております。演出の都合上、ご了承ください。」
「……え?」
グラシオは耳を疑った。だが、そのまま住民たちは何事もないかのように祭りを進めていく。彼の存在は、最初から透明であるかのように扱われていた。
グラシオは、思わず声を上げる。
「『誰でも参加できます』って書いてあったのに……!?」
その叫びに、審査員の一人が穏やかな微笑を向ける。
「ええ、『祭りへの参加』は自由ですとも。ただし、投影も、表彰の対象も、この街の住民に限られます。これが、影絵祭のならわしとなります。こうして、長年続いてきたお祭りですので。」
なんだって……。影灯の仕様が違うのも、すべてこのため……。
「でも! それじゃ……僕の影は、永遠に映らないじゃないか!」
「ですから! 参加にあたり、事前に『ガラスの街の住人』になっていただければよいだけでございます。」
ガラスの街。決して、悪い街ではない。住人もみな笑顔が多く、良い人そうな人ばかり。
でも、考え方や住みたい場所が違う人だって大勢いる。はじめから、『この街に住んでいないと祭りに参加する資格がない』って、告知しておけばいいだけなのに……。これじゃ、だまし討ちだ!
ガラスの街は、静かに輝いたままだった。周りの街の人の目線が、透き通るように突き刺さる。
──よそ者が、何か言ってるわね。
──街の住民でないのに、同等の立場で参加できるわけがないだろう。
──拒んじゃあいねえよ。「仲間に入れて」と、そう言えばいいだけじゃねえか。
誰も、口にはしない。そう、顔に書いてあっただけだ。
壁に映し出された「街の参加者」の影は、ため息が出るほど、素晴らしいものだった。
けれど、その透明な壁は、よそ者の影を拒むためにこそ存在しているように見えた。
* * *
祭りの最後、街の住民によるいっそう華やかな影絵がガラスを彩り、盛大な拍手が沸き起こった。賞は、はじめから決まっていたかのように「街の四大影師」と呼ばれる住民たちに贈られた。
グラシオはガラス広場を後にしながら、ふと後ろを振り返る。
透明な壁に、彼自身の影は映っていない。ただ、無数の住民の影だけが踊っていた。その光景は美しく、同時に胸を突き刺すほど冷たかった。
街を離れるとき、グラシオは影灯をそっと地面に置いた。火は灯されていないのに、かすかに煙のようなものが漂っている気がして、彼は苦笑する。
「外へ向けたビラなんか、最初からただの飾りだったんだな……」
けれど、旅の書き手としての彼の胸には、別のものが灯っていた。
この経験そのものが、一篇の物語になる。影が映らなかった自分の夜を、物語の灯りで照らせばいい。グラシオは前を向き、ガラスの街を後ろにして歩き出した。
その影は、夜風の中でひときわ長く伸びた。
光と影の見え方は、立場によって変わる。街の壁にこそ映らなかったが、大地は確かに、グラシオのつくった影を受け止めていた。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。