破れた塩の活用法【創作】
「このお米、戻しです。それから、この塩は、破れですね。
──売り場に出しちゃってるんで赤伝じゃなくて廃棄ですかね?」
朝イチのルーチンのようなやりとりを交わしながら、私はいつものように手を動かしていた。入社して3年。忙しさには慣れたが、疲れない日はない。
店長は隣で黙々と明日の売り出し準備の作業をしていた。見た目は若いが、太っていて無口で、どこかさえない。
特別悪い人じゃないけれど、何を考えているのかよくわからない。私はちょっと苦手なタイプだ。
店長が口を開いた。
「お米は戻しておくよ。塩は一応、ここに置いておいて。」
売上管理やPOP印刷に使う旧型パソコンの横に発注伝票入れがかごにぐちゃっと置いてあり、そこに置くよう指示される。
もう少し片づければいいと思うけど、と私は思った。
* * *
曲がりなりにも社員である私は、年上のパートさんたちをまとめつつ、クレームも処理しつつ、レジの数字も追いつつ...…と、日々対応に追われている。
レジ部の主任は私によくしてくれるので助かっているが、シフトで彼女が休みの日はレジの社員が私ひとりになるので、目が回るように忙しい。
昼前、パートさんとレジに立っていると、背筋が自然に伸びる気配がした。
「あ、森副部長……」
レジ部の副部長が本部から巡回に来ていた。
口調は丁寧でも、いつも一方的で高圧的。数字や進捗の話に極端に厳しい、社長お気に入りのやり手の女性だ。
今日は私の売り場の視察だった。にこりともせず売り場を一周したあと、事務所に呼ばれる。
「全店でやってる『レジ周りの売り場強化』、全然進んでませんよね? あれ、社長案件なんですけど。」
どこか他人事みたいな口調で、それでも上から押さえつけるようにして、彼女は言った。私は「申し訳ありません」としか言えなかった。
アルバイトの急な退職で人手が足りないことも、POPを作る時間が深夜になっていることも、きっと言い訳にしかならない。
さらに副部長は、食品部の松前主任をつかまえて小言を言い始める。
レジ担当が売り場作りのためレジを離れられるよう、品出しの手を止めてレジに入る時間を作れ、だのなんだの。
──やめてよ。食品部の人たちは、レジの休憩回しのときにもフォローしてくれるし、一番助けてくれている人たちなのに。
私は悔し涙が出そうになるのをこらえるのに必死で、細かい副部長の言葉までは頭に入ってこなかった。
そのまま、副部長は搬入口である裏口から、さっさと店を出ていった。また次の店で同じように文句を言いに行くに違いない。
私はそこで、ようやくひと息つくことができた。
少しして、店長がやってきた。無言で、さっきの「破れた塩」の袋を手にしていた。中身がこぼれないように端を握りながら、搬入口のコンクリートに向かって、塩をパッ、パッと撒いた。
「松前くんに聞いた。大変だったな。」
私ははじめその行動の意図がわからずぽかんとしていたが、副部長にどやされたのをねぎらってくれているのだとわかり、はっとした。
私は、店長から塩をひとつかみもらって、副部長の去ったその場に、同じようにエイッと撒いた。
思い通りにはいかない。報われないことばかりだ。
でも──ほんの少し、心の痛みがひいていくのを感じていた。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。