ピンクの紫陽花【創作】
【1】
そのときも、はるかちゃんのママはないていた。
おそうしきのときに見た、じゅうしょくさんが近くにいた。ぼくのパパもそこにいた。
なにがおきているのかよく分からなかったけど、ぼくはなんとなくそれをながめていた。
りょく道のあじさいが、今年はぜんぶピンク色にさいた。
はるかちゃんが、ピンク色をすきだったから。雨がさも、レインコートも、ピンク色のものをつかっていたから。
だから、かみさまが、あじさいをぜんぶピンクにさかせてくれたのかもしれない。
ありがとう。かみさま。
【2】
このあいだ、ゆめにはるかちゃんがでてきた。
ぼくは、はるかちゃんがゆめにでてきて、ひさしぶりにいっしょにあそんだことを、ママとパパにはなした。
パパは、言いにくそうにしながら、「よかったな」と言ってくれた。
ママは、なんだかふるえているみたいだった。
ぼくもさみしいけど、ママもあれからずっと元気がなくて、ぼくは少ししんぱいだ。
はやく元気になってね、ママ。
また、はるかちゃんといっしょにあそべたらいいのにな。
はるかちゃんが、もういないことは、わかっているけど……。
【3】
紫陽花は毎年少しずつピンクになり、今年完全に綺麗なピンク色に咲いた。私は、管理人が土に混ぜる石灰の種類を変えたか何かして、花色も変わったのかな、位にしか考えていなかった。
あれから二年経ち、息子は二年生になっていた。
息子は、神様が春香ちゃんのために紫陽花をピンクにしてくれた、なんて言っていたけど。
神様が本当にいれば、あんなに小さな春香ちゃんの命が奪われるようなことはなかったはずだ。
春香ちゃんと息子はご近所さんで、小さい頃から仲が良かった。
彼女の方が二つお姉さんなこともあり、面倒見もよく息子としょっちゅう遊んでくれていた。
同じ年のお友達と遊んでいる方が楽しいだろうに、とても優しくて良い子だった。
春香ちゃんママと私も親しく交流があり、お葬式のあと、できるだけのことをしてあげようと思った。
緑道から通りに出る道は確かに見通しが悪い。
横断歩道も、信号もない。
車が、通りに飛び出したであろう春香ちゃんに反応できなかったのも無理はないが、運転手は命を奪った償いはすべきだと思う。
轢き逃げだなんて、絶対に許せない。
私は頻繁に事故の現場にお花を供え、手を合わせにいった。
通りへの道に横断歩道が無かったことに対して市へ対応を求める署名を集めることになった際、その運動に参加した。
結果しばらくして、信号はつかなかったが、道に横断歩道はできた。
また、警察の捜査で轢き逃げ犯もわりとすぐに捕まった。
それなりに重い刑が科されることになるだろうが、私はここでも春香ちゃんママのために、より厳しい罰を求める嘆願書の作成や、署名を集める運動に協力した。
旦那にも、これらの運動への参加の協力をあおぎ、署名もしてもらった。
厄介ごとに巻き込まれるのを嫌う私が、自発的にあまり行動を起こさない私が、他人のためにここまで熱心になっているのをやや不思議そうな顔では見られたけど。
私が若い頃、自動車の事故にあった話を知っているから、同情して協力的になっているのだろうと勝手に思ってくれていたみたい。
犯人も捕まり、現場も少しは事故が減る工夫がなされた。
私は春香ちゃんのママにとても感謝されて、最近は彼女に笑顔が戻るようになってきていることを嬉しく思っていた。
でも、これだけじゃダメなのかな。
春香ちゃんは、事故のあとから今までずっと、私の前に現れる。
春香ちゃんは、怒っているような、悲しんでいるような顔で私を見ている。
ごめんね。春香ちゃん。ごめんね。
もう、おばちゃんを許してほしい。
私にとっては、滅多に通らない道だった。
家から一番近いコンビニが、その緑道を通った先にあるから。
何かの料金を振り込みに行こうと思ったんだったか、詳細はよく覚えてはいないけど。
とにかく、そこを通りかかった時。
ドン!
不意に大きな音が響いた。
タイヤと道路が擦れるような音もそれに続く。
怖かった。身がすくんで動けなかった。現場へ駆けつけるなんて、できなかった。
見通しが悪く、車の姿も人の影も、私の位置からは見えなかった。ただ、ピンクの傘が宙を舞うのを、一瞬見た気がする。
身体が硬直から解放された瞬間、私は来た道を引き返していた。
家に帰るまでの間ずっと、小雨の音に混じって先程の鈍い衝突音が、私の耳からまとわりついて離れようとしなかった。
あの時。
私が引き返さなかったら。
救急車を呼んでいたら。
春香ちゃんは救われたのだろうか。
だって。
春香ちゃんが轢かれただなんて思わなかった。
運転手が逃げるだなんて、思わなかった。
誰かが、何とかしてくれると思った。
そして、春香ちゃんのお葬式のあと、彼女は私の前に現れるようになった。
謝っても、怒っても、彼女は消えない。
できうることは全てやったつもりだが、彼女は表情ひとつ変えないで、一言も話さないままで、ずっと私の前にいた。
ああ、そうだ。
私は前に、
"神様がいれば春香ちゃんは死ななかった"と思った。
"犯人は命を奪った償いをすべきだ"と思った。
でも、少し違う。
神様がいなくても、私が救えたかもしれないんだ。
轢き逃げ犯と同じように、私も償いをすべきなんだ。
でも、息子が、夢に春香ちゃんが出てきて一緒に遊んだ、と言った時。
私は血の気が引き、震えが止まらなかった。
これまで、一度だってそんなことはなかった。
私の前だけに、ずっと現れていたはずなのに。
やめて。
春香ちゃん。
やめて!
憎んでいるのは、恨んでいるのは私なんでしょう。
息子は関係ないでしょう。
連れていかないで。
息子と、私とをひき離さないで。
お願いよ、春香ちゃん……。
突如大きな光に包まれた私たちを、いつものように前で見ている彼女。
ただ、その時はいつもと違って、春香ちゃんはその表情に笑顔をたたえているように見えた。
【4】
お葬式が執り行われていた。
泣いて取り乱している女性がいる。
春香ちゃんの、お母さんだった。
「だって、可哀想で」
彼女は、涙を流しながら言う。
「親子、一緒に亡くなるだなんて……」
故人の配偶者であり、故人の父である男が、そばで生気を失ったかのような顔で喪主としての役目を果たしていた。
その後。
近所の小学校では、こんな噂が話されていた。
「緑道の一帯の紫陽花が、ある日急にピンクからブルーに変わっていたんだって」
「急に花の色が変わるなんて、絶対おかしいよね」
「そんな中で3つだけ、ピンク色の紫陽花が残っていたらしいよ」
【5】
今、ぼくのとなりには、ママと、はるかちゃんがいる。
ママ、ずっといっしょにいようね。
はるかちゃん、ずっといっしょにあそぼうね。
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。