宝物は、ふたつ【創作】
「あなたの宝物は、なんですか」。
そんなこと、考えたこともなかった。
女子寮に入るのに、家計審査があると聞いてはいた。苦学生を優先的に入れる意図だろう。ただ、小遣い帳や家計簿ならまだしも、作文の提出が必要とは夢にも思わなかった。
宝物は大事なもの。私の大事なものって、なんだろう。
家族とか、親友とか。それを宝物だと言う人がいるのはわかるけど。少し、ぴんと来ない。私の思っている宝物と、肌ざわりが違う感覚がある。
なにかに対して、「これが宝物です」って言わないといけない場合。
何を宝物だって言えばいいんだろう。もし私が、思いつきで、気ままに適当なことを言える性格だったら、こんなに迷わなかったのに。嘘つきの美香子がうらやましい。
* * *
たとえば、「好きな色は」と聞かれたら?
これは昔から、決めた答えを用意している。「エメラルドグリーン」。本当は、めちゃくちゃ好きってほどじゃない。
クレヨンで、緑と白を混ぜた色を描いたときに、「エメラルドグリーンね、きれいだね」って幼稚園の先生に褒められたから。
「じゃあ私は、これを好きってことにしよう」って。そう思っただけだった。
座右の銘も、右に同じ。
「義を見てせざるは勇無きなり」だ。この言葉は、真実そばに置いておきたい言葉だと思っている。ただ、私がまったく実践できていない弱き者だというだけで。
宝物。宝物。私の部屋に、宝物はあるのか。お姉ちゃんの部屋にはあるのか。いや、お姉ちゃんの部屋に私のものはないし、宝物と言うからには私のものでないとだめなのか。
机を開ける。鉛筆が手前に向かって転がった。
そうしてふと、思い出す。私が、大事にしているもの。
* * *
小学校四年生のころ、誕生日に「ふたつ」のプレゼントをもらったことがある。文房具セットと、ボードゲーム。
もともとあまり高価なものは欲しがらない方だったが、普段は手に入らない特別なものが、ふたつ同時に手に入った特別感が嬉しかった。
そのふたつは、私にとっての宝物だった。文房具セットは、中学にあがってデザインが子供っぽくなってからも、大事に使っていた。ボードゲームも、それで家族で遊ぶのが、正月の定番になった。
ふたつの理由は、たぶん単純だ。
お姉ちゃんがその年の誕生日、自転車をねだったから。私が興味のあるものがどれも安価で、姉妹で値段に差をつけることを気にした母が、ちょっと奮発してくれたのだと思う。
ほんの少し、酸味の効いた思い出だ。
* * *
私は袖机の引き出しを引いて、ごそごそと中身を引っ張り出した。
キーホルダー。連絡先を交換したときのメモ。学校の成績表。見えていない場所の整理は、昔から苦手だ。
ふと、懐かしい手触りが触れる。
文房具セットは、ぼろぼろになった今も、そこにしまってあった。
でも、もうひとつの宝物は、今は手元にない。
ボードゲームの方は、遊び倒して進め方も覚えてしまったし、今の私が遊ぶものでもなくなっていた。
そこで、興味を持った十歳下の親戚にあげた。
もちろん、迷った。大事なものだったから。
でも、その後、親戚の親が送ってくれた写真に──楽しそうにそのゲームで遊ぶ、笑顔が写っていたのを見たとき。
不思議と胸が、あたたかくなった。
大事にしてくれている。それと知ったときのうれしさは、あげた瞬間の戸惑いを上書きして、今でも心に灯っている。
だから──手元に残った宝物は、ひとつだけ。でも、それだけじゃない。
あげた瞬間のあの気持ちや、迷いながらも大切に渡したその瞬間も。たぶん、私の宝物。
だから。
私の作文の書き出しはこれしかない。誰かに見せる文章だということも、忘れていた。
「私には、宝物がふたつあります。
ひとつは──。」
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。