間の悪い人【創作】
駅前の通りには鉄板焼きと煙草の匂いが混ざっていた。
ここを歩く間、いつも意識して少しだけ息を止める。けれど、そういうときほどタイミングを間違える。息と一緒に肺まで深く、吸い込みたくない匂いが入ってくる。
昔から間が悪い。
今日だってそうだった。
* * *
作業が停滞していた。タスクリストを作って管理しても、その一件が気になって、他が手につかなくなる案件。指している時間はどうせ同じなのに、掛時計とPCの表示時間を交互に見ていた。
意を決して質問しに行ったときに限って、上司は忙しい。会議室から戻ったばかりらしく、机の周りには人がざわめいていた。
自席のモニターに視線を戻すと、社内チャットでもいくつものメッセージが上司を順番待ちをしているように並んでいた。
「少しお時間いいですか」の一言が、喉の奥に貼り付いたまま。
会議まで持ち越すのでは遅い。メールで聞いて返させるほど、大げさな話でもない気がする。下書きを開いて、閉じて、また開く。
そのあいだに定型の作業を二件終わらせて、気づけば定時を十五分過ぎていた。
* * *
次の日だった。
上司の席に呼ばれる。社内オンライン研修について、どこから登録するか教えてほしいとのことだった。
上司は大きなモニターふたつのうちひとつを使い、メール画面をスクロールする。
隣に立つと、そのメールボックスには、未送信の下書きが四桁近く溜まっていた。タスク管理の一種なのかもしれない。そういう人もいるとは思うが、それにしても多い。
そのとき、新着が一件届いたのがふいに目に入ってしまった。
差出人は上司自身で、件名は「福島の天気予報」。そうなっていた。ここは中国地方なのに、妙だと思った。
一瞬だけ目が合って、上司が妙に気まずそうな顔をした。
そういえば、少し前の飲み会の席で、だっただろうか。「娘が東北の方へ引っ越しをすることになった」とこぼした人がいた気がする。
窓の外には雲ひとつない。今日の中国地方は、晴れていた。
* * *
帰り道、あっ、と思う。
上司に席に呼ばれたタイミングで、どうして私は「聞きたかった仕事の質問」ができなかったんだろう。
また、間の悪い日だった。昨日に引き続き、今日までも。
帰り道の駅前の通り。私はまた、息を止めるタイミングに失敗した。鉄板焼きと煙草の匂いは、思ったより深く身体の奥まで入ってくる。
でも今日は、そんなに悪くない気がした。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。