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京の都は、何も言わない【創作】

去年も一昨年も、年末年始は京都に戻らなかった。久しぶりに帰ってきた実家で、気づけばもう大晦日の夜になっていた。

夜十一時を少し過ぎた頃、思い立って外に出た。三条のあたりから歩いて、祇園四条を抜けて、知恩院の方へ向かう。

夜の京都は、こんな匂いだっただろうかと思う。酒と、たばこと、甘ったるい何かが混じった匂いが、ずっと鼻の奥に残っている。

道の角や店の前には、空き缶や紙コップが置き去りにされていた。踏まれて潰れたものもあれば、誰かが「ここに置いた」としか思えない置き方のものもある。

このときの私は知らなかったが、親にあとで聞いたところ、ごみ箱の設置や回収する回数を増やすなど、対応をしてこれでもマシになった方だということだった。

* * *

知恩院の境内へ続く国宝・三門は、門扉が固く閉ざされていた。警備員が立ち、立ち入ることは許さんという顔をしている。

僧侶が十数名がかりで撞く、巨大な除夜の鐘。警備員曰く、今年からは拝観券を買った人だけが見られる、とのことだった。

さらに、知恩院から八坂神社へ抜けられるはずの道も封鎖されていた。警察官らしき人が、ふたり一組で通せんぼをするように立っている。四条通りの方から八坂へ向かう細い路地も、一本一本、同じように塞がれていた。

人を安全に通すため。そして参拝客の流れを束ねるためなのだろう。年末の夜遅くまで、このために働く人がいる。そう理解はできたけれど、行き場を失ったもやもやした感じだけは残った。ここに人を投入するよりも他に、何かできることはあったのではないかと、身勝手な問いかけが先に立つ。

守るために閉じる場所が増えるほど、開いている人の心はすり減っていく。そんな気がした。

車道にまで広がる長蛇の列を見て、今日は諦めることにした。年がいつの間にか明け、外国人や若者が酒を飲みたばこの煙を吐き出しながら、大声で歌をうたいはじめていた。

初詣は、朝、人の少ない時間にもう一度出直そうと思った。

* * *

朝五時過ぎの祇園四条駅。このところ、膝と腰の調子もよくなく、エレベーターを待っていた。

後から来た若い二名の女性が、当たり前のように横から前に入ってくる。誰もこちらを見なかったし、悪びれる様子もなかった。女性のひとりが「今年で十九になる」と高い声で話をしていた。

扉が開くと、最初に待っていた私を残して、ふたりとも我先にと庫内から出て行った。

駅を出て、朝食をとろうとチェーンのコーヒーショップに入る。

カウンターの向こうで、店員が大きな声で雑談をしていた。マスクはしていない。笑いながら、私の方を見ないまま注文を受け、出来上がったものを、視線を合わせることもなく差し出した。

「ありがとうございました」は、誰に向けられたのか分からなかった。

店内には、それなりに人がいた。席は埋まっていて、声もある。でも、誰も誰かを見ていない感じがした。それぞれが、画面や紙や、カップの中だけを見ている。

ホットドッグは美味しかったけれど、コーヒーは少し苦かった。

* * *

昨日の夜からずっと、道は汚れたままだ。空き缶は片付けられた形跡もあるが、また別の場所に、新しいごみが増えている。たばこの匂いも、まだ残っている。

朝六時を過ぎて、もう一度、八坂神社の方へ向かった。今度は、ほとんど並ばずに参拝できた。

鳥居の前で、足が止まる。祖母を失くして、まだ日が浅い。

「身内が死んだら、鳥居はくぐったらあかん。」

かつての祖母の言葉が思い出される。もちろん迷信だろう。ただ、ここを越えていい気がしなかった。

私は、鳥居の下ではなく、脇を通って中に入った。

手を洗い、前に立つ。本坪鈴を鳴らす鈴緒は、引くことができないよう上にあげられている。周囲には人がいるのに、二拝二拍手一拝の間、音は少し遠くなった。

手を合わせる間、何を願うのか一瞬迷って、結局、具体的な言葉は出てこなかった。

ただ。

京都が、もう一度、静かに年を越せますように。

そう思った。

* * *

引っ越す前、京都で働いていた頃のことを思い出す。大阪から通ってきていた年配の同僚が、昼休みに、ふとこう言ったことがあった。

「いやあ、いいところですよ。京都は。」

観光の話でも、名所の話でもなかった。通勤時にほんの少し歩く道のことを、ただ、そう言っていた。

街中を歩くと、鴨川が当たり前のように流れている。建物の隙間や、橋のたもとに、植物が根を張っている。意識しなければ見逃してしまうけれど、京都は、ずっとそうやって息をしてきたのだと思う。

四条大橋に立って、東の空を見た。初日の出は、ここからは見えなかった。建物の向こうで、太陽はもう昇っているはずなのに。

それでも、空は少しずつ明るくなっていく。夜と朝の境目が、静かに溶けていく。

橋の下では、川が変わらず流れていた。誰に見られなくても、静かに音を立てて、流れている。

京都は、何も言わない。汚れても、閉じられても、祈りが形式になっても。

それでも、ここにある。

私はもう一度だけ、振り返ってから、歩き出した。


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。