ちょうど過ぎてる【創作】
今でも、納豆のふたを開けると、少しだけ考える。
今日のは、どっちだろう、と。
新しいほうがいいか、少し過ぎているほうがいいか。
ぼくは、新しいほうが好きだ。
においが弱くて、豆のかたちがちゃんとしていて、かき混ぜても、そんなに重くならないやつ。
家の人間は不思議と気にしない。新しくても、古くても。
けれどぼくは、家に納豆がある日は、たいてい確認する。
「これ、いつの?」
母は少し面倒くさそうに、「昨日買ったやつよ」とか、「そろそろ食べなきゃね」とか答える。
それでいい。
ぼくは、それ以上何も言わない。
ただ少しだけ、頭の中で考える。
──今日、交換するかどうか。
* * *
同じアパートに住んでいる女の子がいる。そして、同じクラスでもある。遊びに出かけたことはないし、ちゃんと話したことすら、ほとんどないと思う。
ただし、納豆のことだけは、通じる。
ぼくが新しいほうが好きで、彼女は、少し日が過ぎたほうが好きだ。いつそれが発覚して今に至っているかは、たぶんお互い、おぼえていない。
だから、うまくいく。
学校でも、特に交流はない。
小学校だから、そういうのはすぐに広がる。別に仲がいいわけでもないのに、からかわれたりするのは、面倒だ。
そんなことになったら、後藤さんに変に思われるかもしれないし。
だから、必要なことだけ、短くやりとりする。
「うち、昨日。」
朝、下駄箱の前で、彼女がぼそっと言う。彼女は目も合わさないし、それはぼくも同じだ。
「こっちは、ちょうど過ぎてる。」
それだけ返す。
それでわかる。ちゃんと、伝わる。
放課後、誰もいないタイミングで、アパートの玄関で交換する。
「はい。」
向こうから、パックが差し出される。ぼくは、それと持ってきたものを取り換える。
ただ、それだけだ。
それ以上でも、それ以下でもない。
どちらの家も、同じパッケージの納豆を買っていた。家族にバレたことはない。
* * *
ある日、給食で納豆が出た。
ふたを開ける前から、わかる。
においが、弱い。つまり、新しいものだ。
ぼくは、パックを開けて、かき混ぜる。
うん、軽い。やっぱり、そうだ。
なんとなく、向かいの班を見た。
彼女がいる。
一瞬だけ、目が合った。
すぐにそらされたけど、その前に、ほんの少しだけ、顔がゆがんだ。
「やれやれ」という感じだった。
たぶん、「もっと寝かせたほうがおいしいのに」という意味だ。
周りは、何も気にせず食べている。
「くさい」とか、「ネバネバやだ」とか、そういう話は聞こえてくるけど、日付のことを言うやつはいない。ただの、食事風景だった。
当たり前か、と思う。
そんなこと、気にするやつのほうが少ないのかもしれない。
ぼくは、もう一度だけ、彼女のほうを見た。
不愛想で、別にかわいくもない。班の女子の話を聞きながら、もそもそと、うつむいて箸を運んでいた。
後藤さんみたいに、おしゃれで明るいわけでもない。
でも。
納豆の話だけは、できる。
たぶん、クラスでひとりだけ。
それだけなのに、ほんの少しだけ、気になった。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。