雪の日の置き配【せりふ三題噺 / 置き配コンビニ雪うさぎ】
「いってきます。」
背中でいってらっしゃい、と母の声が聞こえる。僕が玄関の扉をこえると、息は途端に白く変わった。
夜のあいだに通り抜けた寒波が、家の前の道にうっすらと雪を残している。靴底がきゅっと音を立てるのを聞きながら、スマホをポケットに押し込んだ。
──たしか今日、届くはずだったよな。
歩き出して数分してから、胸の奥がざわついた。「何が」というほどははっきりしない感覚。ただ、忘れ物をしたような不安だけが残る。ポケットからスマホを取り出して、配送アプリを開いた。
画面を見た瞬間、立ち止まる。
『置き配完了』。写真が添付されていた。
…………。
「ここ、どこ?」
思わず声が漏れる。見覚えのある風景が写っていた。コンクリートの床、緑色のフェンス……そして奥に見える校門。撮影された場所は、間違いなく──これから向かう学校だった。
息を吸って、吐く。一瞬、冷たい空気にむせそうになる。
……やってしまった。
少し前、イベントで使う物品を学校宛てに配送したことがあった。そのとき設定した住所を、そのままにしていたらしい。よりにもよって、中身は……。趣味と呼ぶにはあまりに子どもっぽく、誰かに知られたいものでもない。
せめて、コンビニ受け取りにしておけばよかった。何度目かわからない後悔を噛みしめながら、駅から学校へ向かう道を急いだ。
* * *
幸い、時間はまだ早い。昨日の雪の影響で電車遅延も想定される。意外と人目につかずにモノを回収できる可能性はある。
落ち着いて移動し、校門の近くまで到着する。植え込みの縁には小さな雪うさぎがあるのが目に入った。誰かが手袋で丸めたのだろう、耳の部分は少し歪み、目玉は小石か何かで作られていて、やけに完成度が高い。
こんな朝でも、こんなことをする余裕がある人がいるらしい。こっちは気が気でないというのに。
配送写真をもう一度確認する。角度からして、置き場所は校門の内側だ。フェンス越しに目を凝らすが、段ボールは見当たらない。人の気配もこれから増えるだろう。今も制服姿の集団が、笑いながら校門をくぐってくる。
「寒っ。」
「今日チョコ持ってきた?」
「暖房で溶けるって。」
聞こえてきた声に、思わず肩がこわばる。ささいな会話にすら過剰に反応してしまう自分が情けない。
今は、無理か。
そう判断して、校門から少し離れた場所で少し時間を潰す。フェンス沿いを行ったり来たり。置き配の箱は、きっとまだそこにある。見つけたところで、誰も中身までは確認しないはずだ。段ボールなんて、雪をかぶればゴミみたいなものだ。
それでも、落ち着かない。箱があると思しき場所を凝視し続けていては、それはそれで怪しまれる。寒くなってきて、冷たい風を侵入させないよう、羽織っているコートに身をうずめた。
人の流れが途切れた一瞬を見計らい、校門の内側に入って一気に写真の位置まで距離を詰める。……あった! 段ボール箱が、壁際に寄せられていた。上には薄く雪が積もり、ガムテープの文字も白く霞んでいる。
周囲を一度見回し、箱を抱え上げようとした、そのとき。
「さわらないでください!」
びくっと身体が震える。心臓が喉のあたりで跳ねた気がする。振り返ると、向こうの方から、数学の胡桃坂先生と、女子生徒ふたりがこちらを怪訝そうな目で見ていた。
「その箱は、もしかすると危険物の可能性も──」
小走りで近づきながら、こちらに語りかけてくる職員室のマドンナ・胡桃坂先生。
「……って、あら?」
しかし僕の顔を確認すると、彼女は先ほどのこわばった声とうってかわって、屈託のない態度で言葉をつづけた。
「地理の、佐藤先生じゃないですか。何をしていらっしゃるんですか?」
「えーと、ちょっと。授業で使う資料の届け物をですね……。」
しどろもどろになりながら、両手で箱を持ち上げる。すると、はらはらと箱の表面の雪がこぼれおちた。
一瞬、誰も声を出さなかった。
露わになった外装には──。
「フルタ製菓・チョコエッグ」とでかでかと書かれていた。
* * *
職員室まで向かう道中、僕はいったいどんな顔をすればいいのかわからなかった。両手に抱えた箱がやけに重い。非常食……という言い訳は苦しいだろうな。学校には防災グッズとしてかんぱんだって常備されているわけだし。歩きながら、胡桃坂先生が話しかけてくれた。
「ごめんなさいね。あの子たちが、『怪しいものが門の前に置いてある。それを校門の陰から覗いてる人がいる。』って言うもんですから、つい……。最近また物騒でしょう? なんちゃらカンパニーの社長が襲われた事件とか、あったじゃないですか。」
いつもより多めに喋ってくれる胡桃坂先生。本来ならうれしいはずだが、心は沈んでいた。彼女は、僕の失態をなぐさめてくれているのか……。みっともないよな。年甲斐もなく趣味で集めているチョコエッグ──無論、目当ては中身の玩具だが──を職場に誤配させたうえ、生徒に不審者と間違われるとは……。
「でも、やさしいじゃないですか。」
「えっ?」
意外な言葉に、僕は顔をあげた。
「だって……そのお菓子、授業で生徒たちに配るんですよね。バレンタイン、近いですし。」
おお……。光明が見えた。彼女は勘違いをしている。純粋な胡桃坂先生は、僕が「本当に授業で使うものを学校に配送した」と信じてくれているのだ。
「そうなんですよ! 中身は『日本の動物シリーズ』で、二十以上の種類があるんです。意外と精巧にできていて、これは生徒にとってもよい教材になるかと。あの、よかったら胡桃坂先生も、おひとつ……。」
「ありがとうございます。いりません。」
そうですよね。
* * *
「であるからして、そのー……」
僕はこの日、授業のあいだ、ずっと上の空だった。何をどう説明したのか、終わってみれば、ほとんど覚えていない。
「じゃあ、そろそろ今日はこのへんで──」
と、両手についたチョークの粉を払い、区切りのいいところで話の締めに入った矢先のこと。ひとりの生徒が手を挙げた。
「先生。」
「なんだ、質問か。」
見覚えのある顔。それは今朝、胡桃坂先生と一緒にいた、僕を不審者扱いした女子生徒Aだった。お前、地理選択だったのかよ。
「先生、生徒みんなにチョコ配ってくれるって本当ですか?」
おーっ、とざわつく教室内。余計なことを言ってくれるな、女子生徒Aよ。
そして他の騒いでいる生徒も、喜んでいるように見えるが、僕は知っている。彼らは、たかだか百五十円程度のお菓子がうれしいのではない。合法的に学校でお菓子が食べられる特別感に色めいているだけなのだ。
「はい、はい! 授業おわり。今日はここまでにしよう。」
僕はチャイムと同時に、なかば逃げるように教室をあとにした。少ない給与から自分のために買ったチョコエッグまで、生徒たちのものになるらしい。
配送ミスで、ここまでの目にあうなんて、僕は世界一不幸な地理教師に違いない。
廊下からは、ちょうど窓の外に校門が見える。その近くにあった雪うさぎは、もう形を保っていない。
誰かが踏んだのか、はたまたただ溶けただけなのか。今となっては、わからなかった。
※以下の企画に参加させていただきました。
※以下の企画にも参加させていただきました。(任意締切後投稿)
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。