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自転車と夕立【3つのお題に空想のひらめきを第50回】

仕事帰りの、突然の雨。

なんなら空は明るいのに、降ってくるのはえらく急だった。

雨宿りに入ったコンビニで、アイスケースを見る。店外の風景を、ゆっくりなにかが横切った。遅れて視線を上げると、坂を駆け下りる自転車の高校生たち。

自転車と夕立。その組み合わせを見るたび思い出すのは、「矢田屋」のアイスキャンディーの当たり棒だ。

アイスケースに手を伸ばすと、ひんやりとした触感とともに、がさりという音がする。その感覚が、僕の時を巻き戻した。

* * *

小学校五年生の文化祭。うちのクラスは、人気の「お化けやしき」をやる権利を得た。出し物を決める、クラス対抗のじゃんけん。それに勝った担任の古崎先生は、学級会でうれしそうにみんなに報告した。そのときの彼女のハンドサインが、ピースだったのかチョキだったのかはよくわからない。

後日、古崎先生はクラス内で有志を募った。放課後にスーパーへ、段ボール回収の遠征に向かうためだ。視聴覚室をお化けやしきにするには、結構な量の段ボールが必要そうだった。

そのスーパーは家の近くなので僕が案内をすることになって、先生ひとりと生徒十人くらいで、出かけた。誰がいたか覚えていないが、ヨシヤンやオダケン、こまっちゃんあたりは絶対いたと思う。

段ボールは無事回収できた。畳んで持っても、意外と重い。季節は夏を少し過ぎたころだったが、夕方になってもじりじりとした暑さが残っていた。誰かが言う。

「先生、ちょっと休憩しようよ。」
「そうね、先生も疲れちゃったわ。」

白い帽子をかぶった古崎先生。その横顔のこめかみに汗が浮かんでいたのを、よく覚えている。

「休憩なら、『矢田屋』寄ってく?」

これは、たしかオダケンが提案した。僕らの小学校の児童の間で、定番の駄菓子屋だった。

矢田屋で、なにか飲みたいと思ったけど、学校帰りだから誰も小銭や財布を持っていない。僕らの表情をちらっと見てから、先生が財布を取り出して言った。

「今日はみんな、クラスのために来てくれたから、先生がアイスおごってあげる。」

やったあ、と声をあげて、アイスケースの中を見つめて熱心に選ぶ、僕ら子ども一同。こういうときは、くじ運の強いこまっちゃんに引かせると当たりやすい。みんなが手に取ったソーダのアイスキャンディーは、きらきら輝いていた。

そうして、食べ終わった全員のうちから、当たりがふたつ出た。それが、古崎先生と、僕だったんだ。先生がこちらを見て、言った。

「あら、お揃いだね。」

僕はたしか、「先生でも当たりが出るんだ」とか、そんなことを考えていたと思う。

* * *

そこからの帰りが、また少し大変だった。雲行きが、怪しくなってきたのだ。

このままゆっくり学校まで運んでいると、段ボールが濡れてぐずぐずになり、使いものにならなくなってしまうかもしれない。

僕と家がすぐ近所のヨシヤンが、ここで発言した。

「俺、家から自転車持ってきて、それにくくりつけて、学校まで走るよ。」
「あ、僕もそうする。」

誰かが困ったときに動こうとする彼に、僕も続く。格好つけて、顔を見合わせる。アニメの主人公みたいになった気分だ。

「任せて大丈夫?」と困った顔をする先生。持ち運ぶ段ボールの量が減れば、歩きのメンバーも歩幅が大きくとれるはずだ。子どもの浅知恵にしては、筋が通っていたと思う。

僕とヨシヤンは自転車を飛ばした。もちろん、途中で雨には降られた。でも、僕らにできることは、急ぐことしかなかった。

重い足に力を込めて、学校までの道を飛ばしたあの午後の空気と、雨の匂い。ペダルから靴が時折滑りそうになる感覚や、とっくに濡れ切っている靴下の感触。それらは今になっても、忘れていない。

結果、その作戦が功を奏して、雨の勢いが最高潮に達する前にみんなは学校へたどり着けた。段ボールは濡れたけど、おしゃかにはならなかった。

学校に戻ったときの先生の顔は、少し疲れて見えた。それでも、みんなに「ありがとう」と言って微笑んでいた。

傘もないし自転車なので、学校から家に帰るまでに僕はもっと濡れた。

家に着いて、びしょびしょの僕に「あんた何やってんの」という呆れ声が飛ぶ。そんな、母のエプロンに頭を包まれたとき。玉ねぎと洗剤の匂いがした。

そういえば、先生の白い帽子も、汗と日差しの匂いがしていたかもしれない。

いつもは過保護気味な母ちゃんをうっとうしいと思っていたのに。このときだけは、何故だか心からほっとした。

お化けやしきの準備は、次の日からがまた大変だった。けれど、それはまた別の話だ。

* * *

雨足は、店内をうろつくうちに、ほんの少しだけ弱まっていた。店外の軒先で、さっき買ったアイスをくわえながら、景色の向こう側を見る。

今になって考えるのは、あのときの古崎先生のことだ。

働き始めてから、その偉さがわかる。仕事時間が終わってなお、学校行事のために、子どもを引率して、面倒をみて。

スーパーに段ボールを取りに行く前も、たぶん電話でお店に一報入れていたんだろう。受け取りは、やけにスムーズだった。

おまけに疲れた生徒たちのために、自腹をきって、アイスまで買ってあげて。誰より自分の方が、疲れていただろうに。

大違いだと思う。

今の僕は、部下ひとりの機嫌も測りかねる。あの日の先生は、十人の小学生を連れて、汗を拭きながら笑っていた。今になって、先生のあの姿が。遅れて心に沁みてくる。

アイスの当たり棒を持った先生の顔が、また浮かんだ。白い帽子が、風に揺れていた。

「お揃いだね。」

あのときの先生と、僕は、お揃いになれているのだろうか。隣で、扉が開いて入店音のベルが鳴る。誰かが店から出たのか、あるいは店に入ったのか。それはわからなかった。

すぐ横にあるごみ箱に視線を移す。そのタイミングで僕は、口に入れたアイスの棒を引き抜いた。

気づけば、雨は上がっていた。

手元の棒を見ると、ちらちらと薄い光が反射している。僕は何かを探すように、棒の角度を傾けていった。



※以下の企画に参加させていただきました。

🍊第50回 3つのお題(昭和ノスタルジー)
🎈お題①:「自転車と夕立」
🐾お題②:「アイスキャンディーの当たり棒」
⏳お題③:「母のエプロン」

片桐 みかん さまの記事より引用


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。