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月のピント【創作】

俺たちはその日、少しぼやけた月を見ていた。

「まだ帰らないの? もう俺たちだけか。」

「うん。ちょっと休憩してた。」
「そっか。」

「ねえ。」
「うん。」

「人間の目とカメラって、どっちが高性能なのかな。」
「え?」

「いやさ。きれいな月だな、って思って撮っても。写真を見ると、きれいに映ってなかったりするじゃん。」
「まあね。」

「それって、私たちは『月だ』って認識して撮っているけど。カメラ側は、そんなの意識してないからなのかな、って。」
「つまり?」

「カメラはただ光を拾ってるだけだから、同じふうには見えないのかなって。」
「人の方は、月に集中しているから、きれいに見ることができている?」

「そう。」
「じゃあ、人の心がないから、カメラにはうまく撮れないんだ。」

「かもね。」
「はは。でもさ。」

「うん。」
「意識してピントをずらしたりもできるわけだよね。カメラって。」

「つまり?」
「わびさび、みたいなものを技術的に反映することだってできるんじゃな
い。」

「まあ、でもそれだって、人が操作するからできたんじゃない。」
「とはいえ、カメラ自体も、オートフォーカスだってあるし。」

「そのすごいカメラだって、人が作ったわけだから。結局、人の目の延長、みたいなもんじゃない?」
「けど、人の目そのものは、人がつくったわけではないだろ。」

「……なんか、よくわかんなくなっちゃった。」
「同じく。」

「……月ってさ。」
「うん。」

「唯一のものだから、ちゃんと見ようって思うのかも。」
「希少価値が高いってことか。代わりがない。でも、太陽は?」

「え?」
「太陽だって、一個しかないよ。」

「うーん。でも太陽をきれいだあ、ってじっくり見る人、あんまりいないよね。見すぎると目がやられるし。」
「ははは。そういう問題?」

「でもさ。」
「うん。」

「月って、見ようと思わないと見ないじゃん。」
「まあね。」

「太陽は、勝手にそこにいるけど。」
「えらい言われようだな。……でも、希少性か。確かに。」

「なにが。」
「『月がきれいですね』は、言われるべくして言われた言葉なのかも。」

「唯一のものだから、愛しているってこと?」
「そうそう。いいじゃん。」

「ふーん。」
「あとそれだけじゃなくて。人も、月みたいな部分があるなって。」

「どういうこと?」
「ちゃんと見ようと思わないと、見えないから。」

「例えばどんな人?」
「ずっと同じ研究室にいてさ。太陽みたいに当たり前だ、と思ってたのが……。そうじゃなかったというか。」

「それじゃ、わかんないよ。」
「つまり、月みたいに、見ようと思わないと見えなくて……。まあ、俺は『月がきれいですね』は言わないんだけど。」

「なんだ……。言わないんじゃん!」
「その言葉は使わないけど。ちゃんと見てるし、ちゃんと言いたいんだよ。」

「なにを。」
「君が、好きだよって。」

「…………。」
「…………。」

「……あーあ。だめね、やっぱ。」
「だめだった?」

「最初の話。カメラと違って、人の目は。」
「どうして?」

「勝手に、景色がぼやけてきちゃうから。」

私たちはその日、少しぼやけた月を見ていた。


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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。