偽りの隣人【創作】
──私の声が、聞こえますか。
暗澹たる暗闇の中、細い管の向こうで響く微かな振動。それは鼓動のようで、律動のようでもあった。ただ、そこに蠢くのは、人の影ではない。
胎児の肉に寄生し、命を奪う異形の存在。生まれて間もない命は、最初の瞬間から寸隙を置かず捕食の対象となる。小さな胸に宿る生命は、まるで予定調和とでも言わんばかりに「取り換え」られる。
産科病棟の片隅で、誰も気づかぬうちに儀式は進んでいた。母親は何も知らずに笑っている。
泣き声を真似ることなど造作もない。赤子は静かに姿を変える。皮膚の下で蠢く異形は、人間の形を完全に模している。
数年後、子は人間として育つ。笑顔も、涙も、何もかも本物そっくりに。だが、その中には異物の記憶が眠る。魂の奥底から鳴動する低く不規則な旋律。夜中に胸を抉るような疼き。人と同じ環境に身を置きながら、決して人たりえない何かがそこにいる。
周囲の誰も気づかない。違和感を覚えるものがいるとすれば、それは同じ人の皮を被った同胞だろう。
成長し、笑い、泣き、夢を見る。友達と遊び、愛を知る。だが、種としての使命は失われない。やがて、遠い約束を果たす時が訪れる。
ある夜、その「子」は密かに自室を出た。月明かりに照らされた街を抜け、誰にも知られぬ港へ向かう。そこには、異形の声が誘う黒い光が待っていた。振り返ることもなく、その姿は波間に消えてゆく。
翌日、その街では一人の若者が行方不明となった。両親は血眼になって捜すも、足取りは途絶えたままだ。
──そして、遠い宇宙の彼方で、生命は再び集う。もう、人の姿ではない。ここではそんな借り物の姿は不要だからだ。
さらに時を置いて。
再びこの異形の種の幼体が、この星のどこかの、人と呼ばれる生命に成り代わるために送り出される。
母の笑顔を学び、人としての生活を覚え、最後には、異界への帰路を果たす日まで。
──広大な銀河の片隅で、幾度となく繰り返される生命現象。これは、たった二つの種族間で影響しあう、取るにたり得ぬ生存戦略でしかない。
貴方の周りに、人はいますか。
貴方の隣に、人はいますか。
──それは、本当に人ですか。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。