ぼくの手で、捕まえた夏【創作】
小学校の夏休みの宿題の「自由研究」。夏休みのはじめ、ぼくは昆虫採集を自由研究にすると決めた。理由は単純、虫が好きだから!
小さいころ、はじめて捕まえたトンボを手にしたとき、胸がちくっとした。虫はいつだって捕まえると、ぼくの手の中で力いっぱいもがく。昆虫採集は 「命をもらう」ことなんだ。
だから、ぼくは決めた。
──標本にするときは、苦しませず、最後まで責任をもつ。
「好きだからこそ、ちゃんと向き合いたい」と思った。
それを友達何人かに話していたら、ひとりに言われた。
「でも、かわいそうじゃん。」
ぼくは、二年生の誕生日のときにじいちゃんに買ってもらった図鑑を何度も読み返した。「絶滅危惧種じゃない限り、数匹だけ採っても生態系には大きな影響がない」こと。そして、標本作りは「むやみに殺すことじゃなく、観察と学びのためにいただく命」だということ。
「大事に扱うよ。ちゃんとやる!」
そう答えて、ぼくは虫取り網を肩にかけた。さながら、気分は剣を背負った勇者のようだった。
プラスチック製の緑の虫とりかごは、お母さんにねだってデパートで新調した。虫の標本セットのコーナーには、他にも色々と楽しそうなものがあった。けれど予算の関係もあり、押しピン、消しゴム、コルクボードと、シンプルなもので標本箱を作ることに決まった。でも、これで十分だ。
* * *
夏の間、ぼくは毎日のように外に出た。夏の虫といえば、やはりセミだ! あの小さな体から、楽器でもないのに爆弾みたいな巨大な音がするのは本当にすごい。ロマンがあって、胸がふくらむ。
ぼくが住んでいる地域はとにかくクマゼミが多かった。セミといえば九割以上がこいつらだ。ぼくは雄雌の違いを観察して記録した。日本最大種だが、捕まえようとしてもほとんど逃げないため拍子抜けする。
逆にアブラゼミはすばしっこくて、高いところにいるのは捕まえられず何度もおしっこをひっかけられた。屈辱だったが、ぼくは汗だくになりながら網を振り回した。
県外に旅行したときには、街路樹でミンミンゼミとヒグラシを発見し捕獲した。ニイニイゼミは、捕まえられなかったけど綺麗な死骸を発見したので収集した。旅行中にも、虫取りセットを持ち出していたぼくに、家族は驚いていた。
夏が終わる頃、ようやくツクツクボウシが鳴き始めた。夕方、木ではなく電灯に止まって鳴いていた光景は今も鮮明に覚えている。
採集した虫は、感謝しながら豆電球の下で丁寧に乾燥させた。魂の分なのか、命をなくした虫はとても軽くなって、影の色も薄く見えた。
標本にするとき、一匹一匹に「ありがとう」と必ず声をかけることを自分のルールにした。一声かけただけで真剣に向き合えたことになるのかはわからない。でも、できることを最後までするのが、ぼくなりのけじめだった。
針を打つときだけは、いつも手が震える。命の重さが、少しだけわかった気がした。
近所の原っぱで、おまけのアオスジアゲハとショウリョウバッタ。標本箱にすべて並べ終わると、そこにぼくの夏と夢が全部つまっているみたいだった。
* * *
夏休みは明け、自由研究発表会の日。
体育館いっぱいに、全学年の自由研究の成果がずらっと並べられた。それぞれの自由研究は、部門ごとに分かれて配置され、優秀なものには三位まで、表彰状が授与される。
女の子に多かったのは、押し花・押し葉、星座や植物の観察ノート、スケッチあたり。そして男の子は、貯金箱に紙ねんど細工などの工作の他、理科の実験系のものが多かった。
どれも、みんなの色が出ていてわくわくした。しっかり工夫されているものもあれば、中には明らかに手抜きで、笑ってしまうようなものもあった。
ついに、昆虫採集の部門を見つけ、どきどきしながら覗き込む。
ぼくの標本箱には「二位」の文字が飾られていた。残念なような、嬉しいような。微妙な結果が、まわりの空気をどんよりとさせる。
「……まあ、こんなもんか。」
でも、名簿をよく見ると、この部門の出展者はたったふたりだけだった。
「そっか……。ふたりのうち二位ってことは、ぼく、ビリだったんだ……。」
全く喜べない結果に、がっくりと肩を落とす。ああ、ぼくの捕まえた虫たちは、評価されなかったんだな。標本のレイアウトが崩れないように、いつもより早起きして、家から時間をかけて運んできたぼくの虫たち。彼らに少し、申し訳ないような気持ちになった。
とはいえ、あれ以上の結果を出した子の標本は、よほどすごいものなんだろう。
ふらふらと一位の展示を見に行くと、ぼくは思わず息をのんだ。
ピカピカのカブトムシとクワガタが一匹ずつ並ぶ、標本セットだった。
けれどそれには、見覚えがある。デパートで売られていた既製品と、まったく同じ。
ぼくはしばらく眺めて、そっとつぶやいた。
「きれいだけど……ぼくのとは、ちがう。」
たしかにこれは色も形も完璧だ。でも、ぼくが追いかけた汗も、調べたノートも、震えた針打ちも、何も入っていない。ただ、お金を払って、買っただけの代物。
ぼくの標本箱には、ぼくの夏が、ぼくの手で集めた命の記録が、ちゃんと残っている。
それだけで、胸がじんわりあたたかくなった。
「……やっぱり、一番はぼくだな。」
自慢の虫たちをもう一度見て、本心でそう思えた。
一生忘れない、ただひとつのことに熱中した夏。賞状よりも、人からの評価よりも。少しだけ静かで、でも確かな誇りが、そこにはあった。
その日、家までの道で、ぼくは何度も標本箱をのぞきこんだ。
夏の匂いが、まだかすかに残っている。
赤い西日の中。遠くで、ツクツクボウシが鳴く声が聞こえていた。
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。