仕事おさめ【創作】
年末前の稼働最終日ともなると、部下を含め、先に有給消化で休暇に入っている社員が多かった。事務所はがらんと広くなっており、暖房があるとはいえ嫌でも冬の空気を感じさせる。
この仕事も五年目だ。
長期休暇前は、プリンター含め機器のスイッチをオフにし、不要なネットワークケーブルを外すところまで、自分で指差し確認してから帰るのが決まりになっていた。誰に頼まれたわけでもない、自分ルール。やっておかないと、気持ちよく新年を迎えられない。
年越しの際は、持ち越してもいい仕事、持ち越したくない仕事を事前に仕分けしておき、黙々と休みに入る準備を進めていた。
* * *
大きく伸びをひとつ。
一般的な昼休みの時間がとうに過ぎたころ、コンビニで買った昼食を自席で広げた。今日は人も少ないし、わざわざ寒い休憩室へ移動しなくてもいいだろう。特別感のある環境での仕事もまた、師走の空気ならではだ。
作業中の仕事机で昼食をとることは、なにやら寿命を縮める結果になるとネットニュースか何かで見た記憶もあるが──やりたいように仕事をした方が神経が疲れない。余計なストレスがある方が、きっと自分にとっては毒だ。
ここでふと、休み前の作業タスクリストを見て気づく。
取引先から、必要な見積があがってきていない。ずいぶん前から、昨日までにはメールで送ってもらえるよう、話をつけていたはずだったが。
今日、事務へ発注のための決裁を依頼すると、社内で話を詰めていたところだった。年明け二日目が依頼期限なので、間に合うは間に合うが、本件の決済依頼は俺の中では「年内に終えておきたい案件」だった。
去年は、俺の見損じでひとつ作業を撃ち漏らしたんだよな……。
「もう少し、気を付けていただけると……」
ああ、耳が痛いし思い出したくもない。大人しい口調で、冷ややかに自分を責める、経理の女性の声。思わずアアっと声が出そうになるのをこらえる。
おにぎりをもぐもぐしながら、取引先に電話をかけるかどうか考えた。ためらう理由は、予定外の作業を挟むことで、今日中に終えたい他の作業をさらに年明けに持ち越すことにならないかの心配からだ。
効率、効率。粗利率。昨年度対比。
部下に口酸っぱく言っている自分の言葉を反芻する。
なんでも予定通りに進めないと気が済まない方の性格ではあるが、仕事ではそうも言っていられないことばかりだ。
* * *
食べながら他の作業を進めていたところで、視界の端のブラウザのタブ上で受信トレイの数値がひとつ、増えていることに気づいた。
空になった昼飯の容器をごみ箱に捨て、早速メールをクリックした。待ちかねていた、取引先からの書類が添付されたメールだった。
ああよかった、と安堵した矢先のこと。
──見積の物品の数量がおかしい。
先方の細かい人為的ミス。このまま見ぬふりして事務に投げて進められる可能性もあるが、細かい指摘をするのもまた彼らの仕事。他部署の仕事を増やすのは流儀に反するし、気づいた以上手戻りは阻止すべきだ。
ため息をついて頭を掻く。時計を見ると、十四時。今から連絡して返信があったのちに、事務へ連絡か。年内に終えられるかは、取引先側が今日いつまで稼働しているかにもよるな。メール署名に記載された、相手方営業担当の携帯の番号をちらと一瞥した。
「もしもし。いつもお世話になっております。」
仕方なく電話を掛ける。正直気が重い。足元を見て発注を急かしたり、営業の電話が長かったり。自分のペースを乱される業者のため、俺には少し苦手な相手だった。
「見積の件、ありがとうございます。失礼ですが、数量の記載が一部誤っていると思われる部分がありまして……。」
「ああ! えろうすんまへん。ただ、申し訳ないことに、もう事務所を出ておりまして……これから、年末の挨拶に回るとこなんですわ。途中で戻れればええんですが……」
ふむ……。自社の経理からは、締め日までに間に合わないと困るからと何度も念を押されている。しかし本件は、年末のばたばたする時期にこちらの都合で無理を通してもらった部分もあり、相手に強く言いづらい部分もあった。
「なるほど。どうしましょうねえ。事務へは、本日書類をデータで送って依頼する旨伝えてあったので……。最悪、一旦事務へこちらでお送りしておいて、年明け初日に、差し替え版をいただければ……。」
せめて今日、決裁依頼した実績を残しておければ、あるいは。あまりやりたくはない手ではあるが、やむをえまい。
「ああ、それ本音を言うと、あまりやりたくないんですわ。年明けに持ち越したくないんで。……今日、事務所に何時までいはります? 何とか、間に合わせます。」
今日、終えてしまいたいのは相手も同じか。思わず口角が上がる。
「であれば、夕方とは言いません。本日私、二十時ごろまでは事務所におりますんで、それまでにお送りいただければ。」
「ああ、お互い大変でんな。せやけど、助かりますわ、おおきに。」
電話を置いて、やれやれと息をつく。懸念事項がひとつ片付いた。おそらくこれで、大丈夫。俺は事務を通さないやりとりで、相手方との妙な信頼を感じていた。
さて、もうひと頑張り。
忘年会にクリスマス、社内大掃除。イベント盛りだくさんで忙しい年末は俺は嫌いだが、「仕事おさめ」の瞬間は大好きだ。
「お先に失礼します。」
「本年もお世話になりました。よいお年を。」
今年も、自分以外の最後のひとりがいなくなった。気持ちよく新年を迎えるためのタスクリスト。それをすべて埋めるため、俺は深呼吸して、再度デスクに向かった。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。