機械仕掛けの花畑【創作】
薄暗い温室の奥に、試作品の花畑が広がっている。金属の茎とガラスの花びら。そして淡く発光する人工の花。
触れると微かに機械音が響き、甘い香りのような気配がほのかに漂う。けれど、それは本物の花ではない。
ケイコは静かにその中を歩く。今しがた、ネオプラント・トリニティの制御室から戻ってきたばかりだ。
美しくとも、偽物の花。
ケイコは今日も、真実の花に少しでも近づけるために、機械を操り続ける。
「きれい、だと思うけど...…」
誰に向けるでもなく、彼女は低く呟く。
そして、花の一輪に手を伸ばす。金属の冷たさが掌に伝わる。
ネオプラント・トリニティと呼ばれる、世紀の三大発明。
ひとつめは、空気中に水分を送り、代替の雲を作り出すクラウドシーダー。
ふたつめは、植物食生の動物のための人工飼料リーフレスフードと、植物由来成分の合成薬品バイオフォージ。これらはまとめてファイトンシンセサイザーと呼ばれる。
そして最後は、二酸化炭素から酸素を生み出すオキシジェネレータ...…。
「果たしてこれで人は、安らげるのかな。」
設計室に戻り、窓ガラス越しに自身で設計した花畑を眺めながら、彼女は肩をすくめる。胸中には、まだ見ぬ「本物の花」の記憶と、それを失った痛みがあった。
この計画は決して、順調とは言えなかった。
花が人に与える精神安定性の向上があらためて着目され、急ピッチで開発がすすめられたプロジェクトは、いかんせん資源も予算も不足していた。
「……恨むよ。遠い遠い、昔の人。もし、先代が、花の一本一本を大事にしてくれていたら……。」
ケイコは弱く、だが確かな声で呟く。
金属の花びらの奥では、微かな光がちらちらと揺れていた。
「仕方がないさ。」
後方から、コツコツと足音をたてて同僚のユウサクが現れる。
「ネオプラント・トリニティを制御する大規模施設を持てない国は、軒並み滅んだ。俺たちは残された資源で、できることをやるしかない。」
「ねえ、ユウサク。」
ケイコが振り返って尋ねる。
「花ができて、きれいに見えたところでさ。蜜を吸う蜂も、種を運ぶ鳥もいないのに、それは花畑と呼んでいいのかしら?」
この世界は静かに人口を減らし続け、人々の笑顔も少なくなっていた。
政府の研究者たちが「人々の心の安らぎ」を維持するために行った、新たなプロジェクト。
それが──「オーロラガーデン」。色とりどりの花畑だ。
「さあな。俺たちが完成させたものだけを『花畑』だって主張すれば、みな見たこともない本物の花のことなんて忘れちまうんじゃないのか。」
ケイコはため息をつくと、部屋の窓から外の景色へと視線を移した。窓枠に手を添えた、物憂げな表情の彼女自身がガラスに反射する。
──それでも私は、古い文献で見た、本物の花をこの手で作り出したい...…。
人工珊瑚礁バイオコーラルによって保護された海の光が遠くに揺れている。自然で美しいと呼べる海など、この星にもう残っていやしない。
温室の花畑では、無数の精巧な歯車がかみ合い、ゼンマイ仕掛けの花が咲く。花弁は金属の板で、朝になると規則正しく開き、夜には静かに閉じる。
オーロラガーデンはあくまで政府の公式名だ。
研究開発に携わる者はみな自嘲を込めてオートフローラガーデン──すなわち、機械仕掛けの花畑──と呼んでいた。
どれほど華やかでも、金属の花は、ただ「決められた動き」を繰り返すだけ。
──香りのない花に、未来は宿るの?
ケイコの頭の中で問いかける。自分自身に聞いたのか、花畑を見るであろう、世間の人々に聞いたのか。あるいは──。
庭園の奥で、油が切れ一本の歯車が止まった。
音もなく崩れ落ちたそのひとひらの花びらに、誰一人気づく者はいない。
ざあっと一陣の風が吹く。羽根車が回転し、銀色の葉はさらさらと音を立てていた。
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