身紡ぎの森【創作】
この森には、猛獣がいる。牙も爪もないが、よく懐く。
そして「餌の場所」をよく知っている。
けれど、見た者は、誰もいない。
「それ」はいつも、こう言うらしい。
「あったかいところがあるんだ。」
「みなが目指すべき『真実』の場所。」
「美味しいものがあるのを、知っているんだ。」
善良な動物たちは、うなずく。
「それ」はきっと、見た目も声も、愛くるしかったのだろう。
でも、気づかない。
「それ」は、真実を提示したことなんてない。
あったかいところなんて、見せてくれたことはない。
美味しいものが何なのか、教えてくれることもない。
「ぼくはこの森のことは詳しいんだ。」
「前には、こんな大きな木の実を見つけた。」
「信じられる動物だけ、ついてきてくれればいいからさ。」
この声の主は知っている。この生き物に、ついていけば分かる。美味しいものが、手に入る。
いつの間にか、そう錯覚する。
今日はうさぎが、「それ」のあとを、ぴょんぴょんと跳ねて追っていた。
細い道が現れる。
「この先を抜けると、近道だよ。」
痛みはなく、すっと通り抜けられる。うさぎはほんの少し、身体を撫でられて毛が抜け落ちた。いらない、不要な毛だった。
その先に、枯れた木が細かくびっしり生えている小道が現れた。
「ここも、抜けないといけないんだ。」
うさぎは、器用に木をかわして通り抜けたつもりが、身体を少し枝に引っ掻かれて、毛がまた少し、抜け落ちた。このくらいなら、大した量じゃないからきっと大丈夫。
さらにその先で、岩に囲まれた、とても細い道が現れた。
「ここは、『選ばれた動物たち』しか抜けられないよ。」
これだけがんばって、何も手に入らないなんて、いやだ。うさぎは、そう思った。強く引っ掛かりを感じたが、ここもなんとか通り抜けられた。
岩肌に身体をこすってしまって、毛がかたまりになっていくつも抜け落ちた。それは、自身が冬を越すのに、必要な毛だった。
抜けた先で、身体が自由になる。窮屈さから解放され、うさぎは落下する。落ちたところは、やわらかい、ピンクの絨毯。
ぬめぬめしていて、異臭がする。吐息のような声がうさぎの周りを取り囲んだ。
「ほら。餌はちゃんと、あったでしょ?」
遠くで聞こえる、やさしい声。瞬間、目の前が、真っ暗になる。
バキバキと、何かが砕けていく音がすぐ近くで響く。
──ああ、あったかい。
ここは、身紡ぎの森。
やさしい声には、ご用心。
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。