マンカラ・カラハ【創作】
孫が持ち歩いていた小さなボードゲームを、私は興味半分にテーブルに置いた。丸い石を並べる簡素な木製盤で、「マンカラ・カラハ」というらしい。孫は勝手にセットアップを始め、私に向かってにっこり笑った。
「これやろう、じいちゃん!」
世界最古のゲームのひとつだと聞いたが、恥ずかしながら正直、初耳だった。私も、学生のころはテレビゲームに熱中し、チェスやオセロ、将棋に麻雀、囲碁もそれなりに嗜んできた。あの頃は、時間を忘れて熱中できたのに──今は違った。
ネットやAIが普及した現代では、ゲームは最適解や定石をなぞるだけの作業に見えてしまう。勝利の法則もほぼ解き明かされていて、勝ったとしてもどこか味気なく、負けても同じく、悔しさよりも無力感が先に来る。先手が確実にドロー以上に持ち込める、マルバツゲームと大差ないのではないか。
あるいは、寄る年波に勝てない言い訳がほしかっただけかもしれないが。ともかく、ゲームというものから私は長らく遠ざかっていた。
しかし、この「マンカラ・カラハ」。私は少し、甘く見ていた。
「まず、最初にそれぞれのポケットに四つずつ石を置くんだよ。」
孫のレクチャーもそこそこに、第一局を始める。とにかく、やってみればわかるだろう。
ルールは単純明快だ。自陣の石を全てゴールのポケットに移した方が勝者。しかし、小さな決断の連続が、思った以上に心理戦になっていた。
盤上の自陣に六つあるポケットのいずれかからすべての石を掬い、ひとつずつ反時計回りに溝に置いていく。ポケットの石の数が多い場合、ゴールを飛び越えて相手陣に石を送ることになる。
孫は目を輝かせて盤面を覗き込み、私は久々に「ゲーム」に神経を集中させる。数手先を読み、相手の動きを想像した。これが、歴史的に特に長い伝統を持つゲームか……と、妙な感慨深さが私を覆う。
初戦は孫が勝った。石を集めながら得意げに笑う姿。負けた私は、悔しさもあるが、同時に懐かしいワクワクを感じていた。
特に「最後の石をゴールに入れて手番を終えた場合、もう一度自分の手番になる」というルールがスパイスとなっており、面白い。
連続で行動する手番をいかに多く作るか。そして相手の陣にとっていかに邪魔なタイミングで石を送るか、が勝負の鍵……の気がする。無論、初心者の感想だ。
次の勝負で私がわずかにリードすると、孫は眉をひそめ、むーんと口を結ぶ。そして、石を慎重に元の配置に並べながら「もう一回!」とせがむ。
勝ったり負けたりを繰り返しても、勝利を手繰り寄せるのにどの手を選べばいいか、すぐには見えてこない。先手有利や最善手の理論があったとしても、数回の勝負では読み切れなかった。そこがまた、面白い。
偶然や心理の揺れが、勝敗を絶妙に揺さぶる。小さい盤面でも、緊張感はゲームのボス戦に匹敵した。
私は気づいた。自分は、ゲームの面白さを忘れていたのではなく、単に刺激や方法論に慣れすぎていたのだ。古来のゲームが持つ、シンプルだけど奥深い戦略の面白さ。対面の相手の表情を読む楽しさ。勝って笑い、負けて悔しがる、そういう純粋な「遊びの時間」。
孫は私の指の動きを観察し、私の表情を読み、そしてまた石を置く。互いの呼吸が重なるような集中の時間は、言葉のない会話にも似ていた。コミュニケーションは得意な方ではないが、こうした遊びを通じた時間や感覚の共有は心地よい。ああ、やはり私はゲームが好きなのだ、と心の底から思えた。
障子の向こうから夕陽が差し込み、盤面の木目が赤く染まる。ゲームを何度も繰り返すうち、孫の笑顔も私の笑顔も、自然と柔らかくなる。ただ一緒に遊ぶ時間が、時の流れを忘れさせていた。
「玲ちゃーん、あと十分で帰るわよー。」
孫の母、すなわち息子の嫁の声がした。バスの時間が迫っているらしい。
「はーい。」
背中からの声に対して、孫も素直に答えるものの、その真剣な表情はこちらの盤面に向けられたままだ。
「もうそろそろ、時間か?」
石を片付けるか、再配置するかに迷いがあり、尋ねた。
「最後、もう一回だけやろ!」
私はにやりと笑う。ここまで、三勝三敗。勝っても負けてもどちらでもいいから、決着をつけたいのだろう。
最後の勝負。こちらには相手の妨害をする選択肢を残したまま、私優位でゲームが展開していた。ところがそこで、孫がひとことつぶやく。
「これは、マンカラ・ベーシックっていう一番簡単な遊び方。他にもルールがあるんだよ!」
思わず、どきりとした。その動揺で、自分の手番にポケットを誤って選択してしまう。しかし「待った」をするのは自分のプライドが許さない。
最後の勝負の行方が、これで分からなくなった。
勝敗に関係なく、笑顔で過ごす尊いひととき。古くても、新しくても、やはりゲームには人を夢中にさせ、心を動かす力がある。今日、私はそのことを再発見していた。
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