解かない誤解【創作】
男は女に出会ったとき、考えごとをしていた。
つい、視界に入った彼女のファー素材のカバンを、猫と見間違えた。角度的に、そう見えたのだ。
「かわいいね」と言った。
言った瞬間、誤解を生んだことに気づく。撫でてもいいですか、まで声に出さなくてよかったと安堵した。
目を輝かせる彼女を前に、誤解を解くことは、もうできなかった。そしてそれは、ずっと解けないままだろう。
* * *
女は男に出会ったとき、驚いた。
その男が、好みのアイドルにそっくりだったからだ。まるで本人が目の前にいるようで、息をのんだ。
オーディション番組で最後まで選ばれず、それでも笑顔でコメントしていた彼。その彼が、自分に向かって「かわいいね」と言った。聞き間違いじゃない。声もどこか、似ている気がした。
夢のようだった。
しかし、付き合うことになってからは、あのアイドルほどきらきらしていないように感じてしまっていた。もちろん、今の彼に大きな不満はない。ただ、第一印象を大げさに受け取りすぎていた自分が少し恥ずかしかった。
当然、彼にこのことを打ち明けられる勇気もない。
* * *
もうひとりの女は困っていた。
男と女、ふたりの相談を同時に受けていたからだ。相談の内容は似ていて「きっかけだけが、本当とは違う形で続いてしまっている」というもの。
それぞれが少し違うきっかけを抱えたまま。でももう、それでいいのではないか、という気がする。自分だけが世界でただひとり、その事実を知っている。
ただし、知ったからといって、何も変えられないこともある。
三人はそれぞれ、言わないまま生きていくことにした。
誤解はあえて、消さないまま。
だがそれで、世界が少しでも穏やかでいられるなら。
それでいいのかもしれない。
いいなと思ったら応援しよう!
書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。