わからない、の価値【創作】
ときに企業理念は試金石とはなりえず、現場の手足である我々は、指標を見失うことがある。それは、複数いる上司の意向が異なるとき。理不尽に顧客からクレームを入れられたとき。
どうしてこれをやっているのか。何を思ってこうしたのか。
波の強い日の小舟のように、大きく揺さぶられる感覚があった。
* * *
企画発案時のスライド構成はよく褒められる。その分、自分が納得いくまで時間をかけることは多かったが、趣味で描くイラストのおかげか構図やデザインのバランスの基礎が培われていることが奏功しているように思える。
しかし、顧客対応で懸命にアピールポイントを伝えても、うまく説明が伝わっている気がしない。相槌のタイミングや表情から、腹落ちする説明ができなかった、という結果だけが私に残っていた。
開発側に企画を回すときも同じだ。神経を割いて丁寧に情報共有しているつもりが、いつの間にか認識のずれが生じていて、思ったUIに仕上がってこない。打ち合わせの時間を延ばしても、納得のいく結論に落ち着くことが少ない。そこに、違和感をよく覚えていた。
お世話になった先輩は、少人数で起業すると言い、つい最近この会社を去った。とても面倒見のいい先輩だった。何故だろう。いい人やよくできると思う人ほど、一緒に働きたいと思える人ほど、現場からいなくなってしまう。
彼の言葉が、今も頭の片隅で主張する。あのとき私は、部署内で買った花を手渡す際に、言った。
「怖くないですか、まったく新しい環境でだなんて。収入だって、ここよりあるかどうかも……。」
それでも、彼は笑って言っていた。
「いいんだよ。優先順位は人によって違うんだから。」
迷って決断したのなら、そこには残る後悔だってうかがえるはずなのに。心からの笑顔を返したところが、先輩が「できる人」と思わせる所以だったと思う。
はっきりとした大事にすべき順番があって、それに従って行動しただけ。言葉の意味はわかる。しかし、私にはその真意が見えたわけではなかった。
先輩の席に、後任はまだいない。
* * *
全社を挙げての決起集会は二度目の開催だった。会議室に入りきらない人間のために、別フロアにも中継が流されていた。
始まる前から、不穏な空気があった。「三年に一度行う」という方針が決まって、この「会」がはじまったのが去年のことだ。それが今年も開催するということは、なにか重大な発表があると推測された。
「全社的に週休二日を徹底します。残業時間も、来期は三割削減を目標にします!」
自信に溢れる声が耳朶を打つ。それは、聞き慣れた社長のものだった。理念にあこがれて、新卒で入った会社だったけれど。画面に映るそのときの社長の顔には、どこか気持ち悪さを感じてしまった。後ろでにこやかに座っている、社長の父、現会長の顔も同じだ。
社長は続けて、数字と目標を淡々と並べた。来期の方針、注力する分野、切り捨てる判断。
その数字が、どうやって達成されるのかについては触れられなかった。人員補充の話も、業務量の見直しの話もない。現場はすでに、ぎりぎりで回っている。休みを返上して、副部長が現場を回っている実態を知った上で話しているんだろうか。
「来期は、顧客満足度を最優先目標にします。ここがわが社の、踏ん張りどころ。多少無理をしても! それは、長い信頼につながる投資です。」
拍手は起こった。けれど、その音がどこか乾いて聞こえた。誰かの生活や時間よりも先に、利益が立ち上がっていくような順番に、身体の奥がわずかに冷えた。
その「多少の無理」が、どこに積み重なるのか。なんとなく想像がつく。クレーム対応の夜、引き延ばされた打ち合わせ、休日の電話。
そして、「踏ん張りどころ」で踏ん張る場所は、まだそこに残されているのだろうか。踏ん張らないでいい場所を見つけに、いなくなってしまう人もいるというのに。
メモも取らず、私はその中継を、ただ眺めていた。
* * *
最近、絵を描いていない。昔はあれだけ楽しんで時間を割けていたのに。会社から帰っても、気楽なひとり暮らしなのだから時間は作れる。くたくたになるくらいの体力仕事ではないのだから、気持ちが入れば描けるはずだ。
休みのたびに、イメージを膨らませたいと、自然や芸術の場所を求めて出歩いていた学生のころがもはや懐かしい。社会に出てからの六年、すっかり描くことが少なくなった。
引出しにしまわれるでもなく、ペンタブは所在なげにただそこにある。ちょろっとイラストを描く程度なら、アナログでもデジタルでもさっと描ける。腰を据えて、作品づくりに取り掛かることがどこか大儀に感じていた。
描こうとしてペンを取っても、線が進まない。構図、配色、テーマ。頭の中で言葉ばかりが先に立ち、手が追いつかなかった。
ペンを置いて、観る側に回っても。展覧会やSNSで流れてくる「うまい絵」を見て、心が動かない。技術やコンセプト、構成に手法。どれも理解できる。そのことが、かえってなんだか息苦しかった。
ここをもう少し、こうすればいいのに。こうしたらもっと評価されるはずなのに。この人はこういう癖をなくせばいいのに。
いいのに。いいのに。
「自分は、わかる側」。そう思える小さな優越感と同時に、何か大切なものを失っている感覚があった。
楽しめない。仕事ではあれだけ色々なことに揺さぶられるのに。あれだけ没頭していた趣味に、今は心が踊らない。私は今、小舟の上にいるのだろうか、それとも投げ出されて溺れているのだろうか。
わからないまま、私はこの日眠りについた。描けないとわかっていたのに、右手にはペンが握られていた。それでも、目覚めのいい夢は見られなかったと思う。
* * *
決起集会から、数日が過ぎた。
まだ、会社の規定は大きく変わってはいない。しかし私の部署では、週休二日に向けてどう備えるかについて、様々な意見が交錯し震えていた。
休みの日に買い物以外で出かけることが少なくなっていた私は、気分転換も兼ねて、この日は実家へ帰ることにした。
きっかけは、スマホに届いた通知だ。母からの連絡で、兄夫婦と食事会をやるから来なさいね、という内容だった。
車窓を景色が流れていく。景色を見るときも昔なら、どういう構図にすれば映えるか、次はどの景色を捉えにいこうかとわくわくできた。頭の中に、自然とあたたかい風や小鳥の声が流れ込んできていた。
なのに今は、電車に揺られているときも。目をつぶって、油断すると仕事のことを考えてしまう。これからどうなっていくのか。このままでいいのか。変化への期待より、押し寄せる不安の方が先に立つのは、私が年をとったからだろうか。それとも成熟していない精神性からくるものなのか。
実家での食事会は、つつがなく終わった。純粋に、家族や兄夫婦とおしゃべりするのは楽しかったし、実家にしては特別感のある料理が用意されていた。普段口にするものと比べてワンランク上の昼食に、私の舌も喜んでいたようだ。
それは、私の部屋で、姪っ子と遊んでいたときのことだった。何かお絵描きに使えるものがあったはずと、押入れ内のものを引っ張り出していた。
今思えば、姪っ子には棚にある漫画を読ませておいてもよかった。どうして「絵を描く」ことを一緒にしようと思ったのか、それは思い出せない。
出てきたのは、色鉛筆のセットと昔のスケッチブックだった。学部生時代に描いたものだ。今見れば、線は甘く、構図も稚拙だな、と思う。
それを姪がめくり、指を止めた。
「これがいい。」
大学の裏手の小高い丘からの景色。小さくうつる建物と、少し咲いた花と緑、そしてそれらを照らす日差しが描かれた絵だった。「いい」と思った理由は幼い彼女には説明できない。ただ、そう言って笑った。
私は戸惑った。
「……そっかあ。こっちの絵は、どう思う?」
部屋の壁に掲げられていたのは、私にとって過去でいちばん評価された絵。もっとも直近に仕上げた作品でもあり、ちょっとした賞になんとか引っかかった、学生時代の集大成だ。
重く暗めの背景で、花瓶に活けられた花の絵だった。
「うーん! よくわかんない。」
彼女のは、何もはっきりした答えではなかったのに。なぜ私は、ほっとしたんだろう。その、元のスケッチブックの絵よりも、技術的には今の自分のほうがずっと上手く描ける。それでも、そこには確かに、何かがあった。
先輩の声が、ふと重なる。
『優先順位は人によって違うんだから。』
もしかして、私。順番を間違えていたのかな。
あの言葉が、ようやく自分の中でひとつの意味を持った気がした。
* * *
その夜、ひとり暮らしの家に戻った私は、久しぶりに紙と鉛筆を用意した。スケッチブックじゃなくていい。上等な画材でもなくていい。そして、上手く描こうとはしなかった。
説明も、評価も、誰に見せるかも考えない。夜半、鉛筆が紙を擦る音だけが、不定期に、静かに部屋で踊っていた。
時刻は、三時を回っている。
途中、疲れた腕を何度も振って奮い立たせた。かつてあれだけ使われていた筋肉が、長い間放っておかれて急に起こされたものだから、右手もびっくりしていることだろう。でも、心地よい疲れだった。
そうして出来上がった絵を見て、自分でも思う。
よくわからない。でも、悪くないかもしれない。
素直に出たのが、その感想だった。
なぜか頬が緩んでしまう。こんな時間に、何をやってるんだろう、私は。明日が仕事だということも、すっかり忘れていた。
でも、この絵をまた、誰かに見てもらいたい。「いい」って言ってもらえるだろうか。それとも「わからない」と言われるだろうか。
紙を引出しにそっとしまって、机に突っ伏して、泥のように眠った。寝起きの腰と背中はきっと痛いだろう。でも、これはきっと、私にとって大事なことだった。
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書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。