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バス停と願いごと【創作】

駅から少し離れた、静かな住宅街の端にあるバス停。
奈々は、その場所に一度だけ来たことがあった。受験を目前に控えたある日、母親がふと口にしたのだ。

「昔ね、そのバス停から試験会場に向かった人は、よく受かるって話があったのよ。」

最初は笑って聞き流したが、奈々はなぜか気になって調べてみた。
そのバス停は、近くの小さな神社に隣接していて、地元では「願かけバス停」と呼ばれていた。

バス停の脇には、神社の人が設けたという小さな祈願棚があり、誰でも願いを書いた紙を結びつけられるようになっていた。
柵には「ご自由にどうぞ」と書かれた札がかかっていて、古びた木箱の中には、使いかけのペンと白い紙が整然と置かれていた。

紙には、「今年もお願いします」「夢が叶いました」などの言葉が、細い字で丁寧に記されている。

(ここに結ばれた紙たちも、きっと誰かの願いをずっと見守ってきたんだろうな...…。)

いくつも揺れるその紙が、朝の風を受けてさらさらと鳴っていた。

* * *

奈々は受験の前日、その場所を訪れた。普段通う予備校のバス路線とはまったく違う場所。けれど、この日だけは、そこから試験会場へ向かうと決めていた。

そっと紙を取り、「合格しますように」とだけ書いて、祈願棚の柵に結びつける。
少し冷たい風が吹き、紙がやさしく揺れた。

──そして翌朝。

奈々は早めに家を出て、願かけバス停へ向かった。
いつもと違う道、違う空気。歩く足取りは少し緊張していたけれど、どこか背筋が伸びるような気がした。

やがて、バスが静かに停まり、ドアが開く。

乗客は少なかった。朝の光のなか、バスはゆっくりと住宅街を抜けていく。
窓の外に広がるのは、見慣れたはずの街だったのに、どこか違って見えた。

途中の停留所で、年配の女性が乗ってきて、奈々の隣に腰を下ろした。

「受験生? がんばってね。」

声をかけられ、奈々は少し照れながらうなずいた。

「はい。今日が勝負の日なんです。」

女性はにこっと笑って、それ以上は何も言わなかった。
言葉少なに、それでも応援の気持ちが伝わってくるような、静かな空気がそこにあった。

終点近くで、奈々は小さく目を閉じ、もう一度だけ心のなかで願う。

「絶対に、合格しますように」

その小さな旅路は、ただの移動じゃなかった。
願かけバス停から始まったその朝は、奈々にとって、確かな一歩だった。

* * *

数週間後。

奈々は合格通知を手に、もう一度バス停を訪れた。
風に揺れる紙のなかに、自分が結んだものを見つける。
文字は少しかすれていたけれど、確かにそこにあった。

奈々は新しい紙を手に取り、静かにお礼の言葉を書き込む。
迷わず書いたその一言に、自分の気持ちがこもっているのを感じた。

紙を結ぶ手元に、自然と笑みがこぼれる。
願いを託したあの朝と同じように、風が吹いて紙が揺れた。

──それからしばらくして。

また、ひとりの女学生が、バス停に足を運んだ。
神社のそばにひっそりと立つその場所に、誰もいない早朝の静けさが漂っている。

祈願棚には、たくさんの紙が結ばれていた。
そのなかの一枚に、ふと目が留まる。

「ありがとう。また来年も、誰かの願いを見守ってね」

その言葉を読んで、少女は小さく笑った。
そして、自分の紙にも、そっと書き添えた。

「どうか私の願いも、届きますように」

風が吹いて、二枚の紙が並んで揺れた。
やがてバスが到着し、静かにドアが開く。

少女は乗り込み、バスの中で、祈るようにそっと目を閉じた。

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財布野紐ゆるみ 書いてる人も偉い。書いてないけど考えてる人も偉い。まぶしい。