切れた糸、落ちた玉【風まかせ文芸部 / お年玉】
たん、たんと小気味のよい音が響く。
息子のけん玉は、失敗ばかり。でも、たまに成功して皿の上に乗ると、大喜びして周りに見せて回る。だから、見ていて飽きなかった。
正月の帰省で、私は旦那と息子とで、父のいる実家を訪れていた。
旦那は「無理して帰らなくてもいいよ」と言ってくれていた。その言葉は、私と父の関係性から、気を遣ってのものだった。それでも私は、「そういうわけにもいかないから」と自分を言い聞かせた。姉は、声をかけたが来なかった。
「ほら、みんなで飯食うぞ。お前らのとこの息子大丈夫か? 遊んでばっかりで心配だな。」
父は、私の気持ちを分かっているのかどうか知らないが、そんなことを言っていた。とにかく、ご飯だけ食べたら、もうここを出よう。どうせ実家の私の部屋に、必要なものは何も残っていない。
食事どきは、そこそこ和んだ雰囲気だった。旦那は気を遣って父に愛想よく話してくれていたし、私も息子のことをメインに簡単な近況の報告をしていた。
父の用意してくれた鍋を食べ終わって、ひと息ついたころ。前日に父からもらっていたショートメッセージを思い出した。
「大事な話がある」と。
私は、旦那に言って、息子とともに席を外してもらった。ジュースを買いにいくという話になって、息子は大喜びで出かけて行った。その手に、けん玉を持って。
私はお茶を淹れなおして、席について父の言葉を待った。
* * *
聞けば、父には内縁の妻がいるらしく、もう二年ほど別宅で一緒に住んでいるという。
帰省のたび、実家の庭や玄関が、不自然に整っていておかしいなと感じていた。今や誰も住まないこの家だが、業者を雇って定期的に掃除させていたのだろうと、違和感に合点がいった。
そしてその内縁の妻とやらに、これからの面倒を見てもらうと父は言った。
「娘に、老後の世話なんかの迷惑をかけたくないからな。」
そう言いながら、父は、決める前に私たち姉妹に相談したことがなかった。いつも、勝手に決める。
相続の話も出た。今後も再婚はしないので、その「彼女」には相続権はないこと。そして、自身の死後には、父の会社で雇用することにして「彼女」が死ぬまで給与を支払って面倒をみてやってほしいと。
会社とは、祖父から受け継いだ土地を不動産経営しているものだ。そして父は、その所有する不動産で飲食店もやっていた。役所勤めを早々にやめ、それにのめり込んでいた。詳細は聞かされていないが、死んだ母に言わせれば道楽のようなものだったそうだ。おかげで、小学校のころから父が家にいた記憶はほとんどない。
聞けば、その女も同じく過去の同時期に飲食店を経営しており、そのころに客をお互い融通するなど、世話になったから恩返しがしたいという。
「……もし、自分の子どもに迷惑をかけたくないなら、私だったら老後はひとりで施設にでも入るけど。」
「なんだ! 俺にひとりで施設に入ってろっていうのか!!」
急に怒鳴る。
小さいころ、父はたまに家に帰ってきては、よく怒鳴った。かかわりあいになりたくなくとも、家族の縁は簡単には切れないと思って、ずっと耐えてきた。
「お前がそんな冷たいことを言うなら、会社の権利はこのまま渡さん。好き勝手やらせてもらう。」
要は、建前だ。
「娘に迷惑かけたくない」なんて、くだらない……。本当にくだらない詭弁。要するに「これまで通り迷惑をかけ続けるが文句ないな?」という、言わば勧告でしかない。
今までと何が違う? 今までだって、散々祖父の土地の収入を使って好き勝手してきたじゃないか。
姉は、私より正直に意見する人だった。だから今、ここにいない。
姉は地元で働いていたけど、いつも母をおいて家に一切いない父のことは、姉の職場でも話題になっていた。「どうせ愛人のとこへ行ってる」が世間のあんたの評価だ。
今回の女も、大昔からの知り合いだって? 母が亡くなってから五年経つが、ここ数年でようやく一緒に住むことになったって、そんなことが信じられると本気で思っているのだろうか。
お母さんは、あんたの母親をあれだけ甲斐甲斐しく介護し続けたというのに、顔を見に帰ってくることもなかったくせに。
その祖母とて、私は大して好きではなかったが、口癖のように言っていた。「先祖代々の土地を食い潰してきたどら息子」だと。それも、あんたの評価だ。自分を無条件に愛してくれるべき存在の、母にさえそう言わしめたことが、あんたが今まで積み上げてきた人生の結果そのものじゃないか。
「怒鳴らないでよ。私だったら、って話をしただけ。そんな人がいるなんて、知らなかったわけだし。」
なんとか、それだけ言った。
父が怒鳴るのは昔からだ。あれは中学の頃。たまたま家にいた父。母がつくったオムライス、私は大好きだった。父はそれを指して、「お前も食うか」と私に声をかけた。
私はその頃、父のことは苦手ではあったが、嫌いではなかった。
「さっき食べたから、いらない。」
そう答えると、言い方が気にくわなかったのかスイッチが入った。
「いりません、だろうが!!」
私は身がすくんで動けなかった。中学生の娘に、敬語を使えと理不尽に怒鳴る男。気の触れた不審者かなにかのようだった。それからオムライスは、しばらく見るだけで吐き気がした。
それからは一緒に食卓につくこともなくなった。たまに姉妹や母とともに「食事に連れていってやる」と声をかけられるときはあったが、とにかく心を殺して、「学校に行く金をただ出してくれるだけの人」と思って我慢して過ごした。
私は湯呑みに手を伸ばし、お茶を飲んでひと息ついた。久々に、手の震える感覚を味わう。父は怒鳴った後、しばらく黙りこくっていた。何を考えているかは、分からない。
何も言わない、説明しないで、気持ちが伝わるわけがないのに。
そしてもうひとつ、記憶が私を追いかけてきた。
小学校の宿題の「両親のお仕事」。要は家族のことを書く、作文だ。私は、専業主婦の母のことだけを書いた。片親でもないのにそんな書き方をして、先生に心配された。
わざと書かなかったんじゃない。家にいないから、話もしないから、何をしているか知らないから、父のことは書けなかったんだ。
「……まあ、そういうことだから。」
父はそれだけ言って、手元のお茶を飲み、席を立った。怒鳴っても、少し経てばけろっとして普通の状態に戻る。さっきの話で、何が進んだんだろう。今まで好き勝手にやってきたけど、これからも好き勝手にやる。それだけしか、言われていない。
なにかが乗り移ったみたいに豹変し、糸が切れたように態度がおさまる。それが、昔から怖くて怖くて、仕方がなかった。
* * *
私の糸は、限界までぴんと張りつめていた。それとも、とっくに切れていたのかもしれない。
もっとこれまで、姉みたいにいろいろ言うべきだったかもしれない。でも、言ってしまうと、また心がぐちゃぐちゃに乱されるような気がして。何も言えずにいた。
「おい。これ。」
父の声で、我に返る。差し出された父の手の中に、ちいさな封筒があった。私の息子への、お年玉だ。
不思議だった。
愛情も思いやりも、同じ目線に立って子のことを考えるような態度も、ただの一度たりともこの父からは感じたことはなかった。なのになぜ、この男は金を使ってまで「家族ごっこ」がしたいんだろうと、不思議でならなかった。
私がたどり着いた答えは、「世間体」だった。この男は、外面はよい。要するに、いい格好しいだ。「結婚していること」「子どもをふたり育てたこと」を、祖父から継いだ資産を使って、買ったにすぎない。
その封筒を見つめながら、息子と旦那の顔を思い出す。
毎年、決して安くはない額を包んでくれて、父にはもちろん、感謝していた。
でも、もう。いい。
私の親は、母ひとりだけだったことにしたい。
裏切った父の持つ資産を、受け取らない代わりに。金で買われた家族の糸は、血縁だけで伸ばされた絆は、もうおしまいにしたい。
けん玉は、糸が切れると、その皿は玉を受けられない。
「今まで、ありがとう。ごめんね……。もう、お年玉は、いらない。」
身構えたが、怒鳴り声は、飛んでこなかった。私は、父の顔を見ないようにして、逃げるようにその部屋をあとにした。
再婚したいなら、すればいいと思った。父がそれで、幸せなら。
私も、姉と同じ道を歩む。前とは違う。
暖房の効いた部屋から出ると、外では刺すような冷たい風が吹いている。それでも、正月の空気は澄んでいて、日差しはどこかあたたかく感じた。
道の向こうから、けん玉を手にした息子が歩いてくる。少し後ろに、旦那の姿も見えた。
私は、家族のもとに向かって、思わず駆けだしていた。
※以下の企画に参加させていただきました。
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