初雪とオーナメント【せりふ三題噺 / 初雪ピアノ線夫婦】
師走の空気がひんやりと部屋に流れ込む中、僕は茜さんと新しい部屋で初めてのクリスマスを迎える準備をしていた。
引っ越したばかりで、まだ家具も完全には揃っていない。部屋の隅には段ボールがいくつか積まれ、生活感の主張はちょっぴり控えめ。少しだけ、落ち着かない気分があった。
僕はこの日、「クリスマスの飾りより、テーブルと椅子を準備するのが先なのではないか」と意見したが、茜さんの強い要望により、今日はふたりで飾りつけをする日に決まった。
「どう飾ろか~。」
茜さんが箱を開けると、小さなオーナメントが整然と並んでいる。銀色の、ピアノ線のようにしっかりした金属の線がついていた。僕はつい手に取って、「丈夫だね、これなら長く飾れるね」と感心する。
「当たり前やろ、うちが選んでんねんで」と茜さんは得意げに笑う。
小柄で背の低い彼女だが、性格は頑固なところがあって、装飾は自分の美意識を曲げないタイプだ。僕は翻弄されつつも、結局彼女の言う通りにして、ツリーは少しずつ形になっていく。悔しいが、僕よりも彼女の方がセンスがあるのだ。
「今年は、クリスマス絶対成功させたいねん。」
手をのばして飾りつけをする茜さんの表情は真剣だった。京都の実家でも毎年、ちょっとした飾りをしていたのだという。
引っ越し前、離れた土地で暮らすことに対して、不安だと涙していた彼女の表情を思い出す。実家で毎年していたように、ここでも「同じように飾りつけをすること」が、彼女にとって心を落ち着けるおまじないなのかもしれない。
そして、成功させたい、という言葉……。去年と一昨年、僕らが結婚する前に過ごしたクリスマスを思い出させる。
一昨年。わざわざ予約をして行った僕の地元、関東のイタリアン。テーブルクロスの上におしぼりを直置きされた時点で、茜さんはこの世の終わりのような顔をしていた。しょっぱいだけの海鮮パスタを食べたら、僕も店側を養護しようがなかった。しかもふたりで一万八千円もした。
そして去年。茜さんの地元にある、鴨を扱ったお店に行った。価格はリーズナブルだった。しかし鴨は丸ごと出てきて、ナイフが入れられなかった。そして、食べた瞬間若干生臭い感じがしたが、茜さんの選んだお店なので僕は言わなかった。案の定というか、胃腸の弱い茜さんは数日お腹をこわして寝込むことになった……。
まあ、散々だった。だが、今回はお店を予約しているわけではないし、結婚を機に借りた部屋でのんびり過ごすクリスマスだ。失敗の要素は特にないだろう。
ところが飾りつけの最後に、茜さんが困った顔をして叫んだ。
「……あれ! 電池が入ってないやん。」
オーナメントの小さなライトに、電池を入れ忘れていたのだ。きらめくはずの光は、ただの金属線の光沢だけがわずかに反射する程度。茜さんは肩を落とし、眉をひそめにひそめて、へこんだ様子で言った。
「光らへんやん~……敦くん、今何時?」
「たぶん百均に電池を買いに行きたいから聞いてると思うけど、今九時。もうしまってるよ。」
まずい。なんとかならないと、茜さんはぼやき続ける。ここで彼女を泣かせたら、もうおしまいだ。お義父さんとの約束が。
「大丈夫、なんとかなるよ!」
僕はそう言った。どうやってなんとかするんだろう、と思いながら。明るい照明を嫌う茜さんのこだわりもあり、部屋の中の光は控えめ。どうしたものかと考えあぐねる。
そのとき、窓の外で雪が舞い始めた。
「あっ雪や。初雪ちゃうん?」
茜さんは表情を明るくさせ、窓の外の景色に釘付けになる。雪の、白い結晶が街灯の光に反射して、ちらちらと部屋に届いていた。
そこでふと思いつく。……なんとかなるかもしれない。
僕は、オーナメントごとツリーを窓際に持って行った。雪の光が銀色のピアノ線や小さな鈴に当たり、静かにきらめく。
「ほら、こうすればきれいだよ。」
茜さんも窓に両手をつけ顔を上げる。そして窓の外の雪と照らされたツリーを見ながら、ふたりで笑った。電池はなくても、僕らの目には充分に光が届いていた。
「やっぱり今日、茜さんの言う通り、飾りつけをする日にしてよかったな。」
僕が腕を組んでつぶやくと、茜さんは小さくうなずく。
「ほんまや、きれいや~。なんとかなるもんやね。」
初雪が静かに降る夜、ふたりで作ったツリーは温かくきらめき、部屋に幸福な空気を満たす。足りないものがあっても、夫婦で支えあえば大丈夫。
そんな小さな安心と、未来への希望を感じながら、初めてのクリスマスは静かに幕を開けたのだった。
※以下の企画に参加させていただきました。
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